78.気持ちを伝えた筈なのですが
「冴香ちゃん、今日はアルバイトはお休みよね? 何をする予定なの?」
「あ、今日は皆さんにお詫びに伺おうと思っていまして。」
「お詫び?」
水曜日、大河さんと敬吾さんを送り出した後、凛さんの問いに答えると、凛さんは目をぱちくりさせた。
「先日、皆さんが気持ちを伝えてくださったのに、信じられずに逃げ出してしまって、ご心配とご迷惑をお掛けしてしまいましたから。大河さんにはその日のうちに謝れましたが、大樹さんと広大さんと雄大さんにはラインを送っただけで、まだ直接お会いして謝れていませんので。」
私が説明すると、凛さんは苦笑した。
「冴香ちゃんは律儀ね。そんな自己都合しか考えていない連中は、放っておいても良いのよ? ラインで謝ったのなら、それで十分よ。」
「はあ……。ですが、一生懸命走り回って探してくださったので、それだけでは悪い気が……。それに、皆さんのお気持ちに、きちんと向かい合いたいとも思いますし。」
「そう。偉いわね。」
クスリと笑う凛さん。いや、私は別に普通だと思うんだけどな、と首を傾げる。
お昼前に家を出た私は、大樹さんと待ち合わせているお店へと向かった。今日はお昼に大樹さんと、夕方に広大さんと雄大さんに会う約束をしている。皆さんに先日の非礼を謝罪した上で、私の今の気持ちをきちんとお伝えするつもりだ。
大樹さんが指定した、会社の近くにあるというお店は、凄くお洒落なフレンチのお店だった。お店の前に出来ている長蛇の列にもさる事ながら、お客さんも皆スーツや洗練された服を着たお洒落な人達ばかりで気圧される。大樹さんの名前を出して、予約されていた席で大樹さんを待つ間、私みたいなのがここに居て場違いじゃないかなと、一人でずっと委縮していた。
俄に周囲がざわつき始めた事に気付いて顔を上げると、大樹さんが店内に入って来た所だった。頬を染めた女性店員に案内され、女性客の視線を一身に集めながら、こちらへと向かって来る。
ええ、分かります。大樹さんも凄いイケメンですもんね。
「こんにちは、冴香さん。待たせてしまったかな?」
「いえ、私も今来た所なので。お仕事お疲れ様です。」
大樹さんが集めていた視線が、今度は私に突き刺さってきて痛い。
すみませんね、こんな超絶イケメンと同じテーブルに座るのが、私みたいな凡庸以下の人間で。
「大樹さん、先日はご迷惑をお掛けしてしまって、本当にすみませんでした。」
大樹さんがオーダーを終えた所で、私は頭を下げて謝った。
「気にしないで。冴香さんの事を考えずに、勝手に気持ちを押し付けてしまった俺の方が悪いんだから。」
あの後凛に怒られたよ、と大樹さんは苦笑しながら教えてくれた。
何故そうなったんだろう。凛さん、全面的に悪いのは私だと思うのですが。
「それで、あのう……、大樹さんが、私の事を好きだ、と仰ってくださっていた件なのですが……。」
料理を持って来た女性店員が、ごゆっくりどうぞ、と大樹さんに微笑みかけ、立ち去ったのを確認してから、私は緊張でしどろもどろになりながらも切り出した。私みたいなのが、こんなハイスペックイケメンに告白されただなんて、未だに信じられないけれど。
「うん。俺は、冴香さんの事が好きだ。付き合って欲しいと思っている。」
それまで柔らかく微笑んでいた大樹さんが、急に真面目な表情に変わり、真っ直ぐに私を見つめてきた。ドクリ、と心臓が音を立て、顔が熱くなっていくのが分かる。居た堪れなくなった私は、視線を逸らして俯いてしまった。
「あの……お気持ちは、凄く有り難いと思っています。ですが、私みたいな女と、大樹さんみたいな方が釣り合うとはとても思えなくて。」
「釣り合うって何?」
眉を顰めた大樹さんに問われ、私は言葉を失ってしまった。
「俺は冴香さんが良いんだ。いつも真っ直ぐで、歯に衣着せぬ物言いをして、働き者で、笑うと可愛くて、友達思いの冴香さんが。なのに、釣り合うとか釣り合わないとか、そんな納得の行かない理由なんて認めない。冴香さんは、俺の事が嫌い? そうでなければ、他に好きな人がいるの?」
大樹さんは真剣な目をして尋ねてきた。答えづらいけれど、きちんと向き合わなければならない。そうでなければ、私がここに来た意味がない。
「大樹さんの事は、嫌いではありません。ですが、他に好きな人は、います。」
やっとの思いで答えると、大樹さんは大きく溜息を吐き出した。
「そう……。それって、大河君の事?」
「はい。」
「そうか……。大河君と付き合うの?」
「いいえ。」
「え?」
私の答えに、大樹さんは大きく目を見開いた。
「大河さんの事は好きですけど、やっぱり、頭脳明晰で眉目秀麗な天宮財閥の御曹司の方と、何処をとっても凡庸以下の私では相応しくないと思うんです。だから私は、大河さんとお付き合いする気はありません。大河さんだけでなく、皆さんの中のどなたとも。」
私の話を聞きながら、大樹さんは段々と目を細めていき、終いには笑顔になっていた。だけど、その笑顔に怒りの感情が見え隠れしていて、何だか怖いんですけれど。
「そんな答えじゃ、余計納得が出来ないな。悪いけど、俺は冴香さんを諦めない。これまで以上に手に入れる努力をするから、覚悟しておいてね?」
え……?
当惑する私に、にっこりと笑いかける大樹さん。
きちんと気持ちを伝えた筈なのに、何故こうなってしまったのだろう。大樹さんに促されて料理を口に運びながら、私は一人で頭を悩ませていた。




