71.イケメン達の幼馴染は気が強い美人さんでした
駅前の広場から離れると、美人さんはスマホを取り出した。電話をする、と私に一言断りを入れて、片手でスマホを操作して耳に当てる。
「あ、大河君、冴香ちゃん見付けたから。うん、今からそっちに向かうわね。皆にも連絡しておいて。」
電話を切り、スマホをしまう美人さん。
この人、大河さんの知り合いなんだ。随分親しげに話していたけど、どういう関係なんだろう。
強くて、格好良くて、見た目もモデルみたいな美人さん。大河さんと並んで立ったら、美男美女同士でお似合いだろうな、と胸にちくりとした痛みを覚えながら美人さんを見つめていると、私の視線に気付いたのか、美人さんは私に向き直って苦笑した。
「そう言えば、冴香ちゃんと顔を合わせるのはこれが初めてだったわね。私は二階堂凛。父が天宮財閥会長の執事をしている縁で、大河君達とは幼馴染なの。どうぞ宜しくね。」
にこりと笑う美人さん。
そうか、この人は会長のご自宅でお会いした、執事の二階堂さんの娘さんなんだ。そう言えば親子なだけあって、涼しげな目元が良く似ている。
「堀下冴香です。どうぞ宜しく……。」
凛さんに挨拶をしながら、私の気持ちは急速に萎んでいった。さっきの電話の内容からすると、きっと私はこのまま大河さん達の所に連れ戻されるのだろう。
……嫌だな。今はまだ、大河さん達の顔を見たくない。
途端に足取りが重くなる。私の異変に気付いた凛さんは、足を止めて俯く私の顔を覗き込んできた。
「冴香ちゃん、どうしたの? ……私の家、ここから近いんだ。そこでちょっとお話ししようか。」
優しく微笑む凛さんに促され、少しでも連れ戻されるのを遅らせたい私はこくりと頷いた。凛さんは再び私の手を引きながら、スマホを取り出して電話を掛ける。
「あ、大河君、私達ちょっとお喋りしたいから、今から一時間後くらいに、私の家に冴香ちゃんを迎えに来てあげて。……はあ? 知ったこっちゃないわよそんな事! 良い? 今からきっかり一時間後よ! それより早く来ても、家には入れてあげないから!」
急に大河さんであろう電話相手に怒鳴り出した凛さん。先程私に見せてくれた微笑みから、ころりと変わったその態度とのギャップに、私は目を白黒させていた。
そこから近くにあるマンションに連れて行かれ、凛さんの部屋にお邪魔した私は、温かいお茶を頂いて、漸く人心地が付いた。凛さんのお蔭で、先程酷く落ち込んでいた時よりも、少し落ち着けたように思う。
「冴香ちゃん、もし良かったら、何があったか話してもらえないかな? ……こんな事を言うのも何だけど、私は会長の依頼で、お父さんと一緒に冴香ちゃんの身辺調査をした事があるから、冴香ちゃんの事情は知っているつもり。それに、冴香ちゃんの近況は、大河君と敬吾からある程度聞いているから、力になれる事もあるかも知れない。勿論、話したくなかったらそれでも良いよ。それに、もし大河君の家に帰りたくなかったら、ここで良ければ暫く居てくれて良いから。」
私を気遣うように、微笑みかけてくれる凛さん。
そうか、凛さんも、私の事はご存じなんだ。
見ず知らずの人に、自分の事情を知られている状況は相変わらず複雑だったが、前回の耐性があったのか、それとも今の心境が影響していたのか、今回は肩の力が抜ける方が大きかった。
私は凛さんに会うのは初めてだけれど、急いでいたのにもかかわらず、私の心境を察して、大河さん達への引き渡しを遅らせてくれたこの人なら、何となく信頼出来る気がする。
誰でも良いから、誰かに縋りたくなっていた私は、ぽつりぽつりと話し始めた。大河さんを皮切りに、大樹さん達にも一斉に告白された事。だけど私には何一つモテる要素がないので、会長から何かしらの指令が出た為としか思えない事。私の気持ちを誰も考えてはくれず、友達だと、大切な人達だと思っていた彼らに裏切られ、惨めで悲しくて逃げ出して来た事。
全てを語り終えた時、凛さんは片手で頭を抱え、呆れたように溜息をつきながら、怒りを堪えるようにもう片方の手で作った拳を震わせていた。
「あんの、ポンコツ残念御曹司共……!!」
ちょっと待て。何故こうなった。
凛さんの怒りを帯びた声色に、私が呆気に取られていると、タイミングが良いのか悪いのか、丁度チャイムの音が鳴り、玄関の方から凛さんを呼ぶ大河さんの声がした。凛さんは私を辛うじて玄関が見える位置にまで連れて行くと、ここに居て姿を見せず声も出さないように、と告げて、玄関に向かった。
凛さんが勢い良くドアを開け、大河さんの顔が見えた、と思った次の瞬間。
「あんた何やってんのよ!!」
えええ!?
たった今凛さんに言われた事も忘れて、思わず私は叫びそうになった。凛さんが怒声と共に、いきなり大河さんに腹パンしたのだ。
「カハッ!? 痛えな……! いきなり何すんだよ、凛!!」
大河さんはお腹を押さえ、涙目になりながら抗議する。
「それはこっちの台詞よ!! 皆も!! いくら会長が命じたからって、冴香ちゃんの気持ちも考えずに、ほいほい告白するとか有り得ない!!」
「「「「はあ!?」」」」
腕組みしながら仁王立ちする凛さんの向こうから、複数の声がハモって聞こえ、少しだけ身を乗り出した私は、大河さんの後ろに、大樹さん、広大さん、雄大さん、敬吾さんがいらっしゃる事に気が付いた。
「祖父さんの命令って何の事だよ!? 俺はそんなの知らねーし!! 他の奴らはどうだか知らねーが、俺は純粋に冴香が好きだから告白しただけだ!!」
「俺もだ!! 告白したのは冴香さんが好きだからで、お祖父さんの命令なんて聞いていない!!」
「俺も祖父ちゃんの命なんて知らねーよ!! 冴香ちゃんが好きだから告ったんだ!!」
「僕だって本気だよ!! お祖父ちゃんなんて関係ない!!」
口々に叫んで詰め寄る皆さんを、凛さんは胡散臭げに睨み付ける。
「どうだか。だったら何で同時期に一斉に告白したのよ?」
「知らねーよ。強いて言うなら、俺はこいつらが本気になったとか言うから、危機感を覚えてだな。」
「麗奈を懸命に応援する冴香さんを見て、心が決まったからね。横から攫われてしまう前に、先手を打ちたかったんだ。」
「俺も似たようなもんだ。皆と一緒になっちまったのは、予想外だったけどな。」
「僕もだよ。だけどまあ、見事に皆考える事は同じだったようだけどね。」
「……じゃあ本当に皆、冴香ちゃんの事が本気で好きな訳?」
凛さんが尋ねると、皆さんは真剣な顔で頷いた。
「俺は本気だ。」
「俺も。」
「俺もだ。」
「僕もだよ。」
皆さんの言い分を一通り聞くと、凛さんは私を振り返って笑顔を見せた。
「だってさ、冴香ちゃん。因みに、会長からは何の指令も出ていない事は私も保証するわ。どうする? 皆の気持ちはどうやら本当みたいだと私は思うけど、冴香ちゃんは信じる?」
急に話を振られて、私は慌てふためいた。私の存在に気付き、驚いたような皆さんの視線が一斉に向けられてきて痛い。
皆さんが、本気で私の事を好き……? 有り得ないと思うけど、でもこれだけ一生懸命に言ってくださっているのだから、嫌でも本当だという事が伝わってきてしまっているけど、え、でもやっぱり信じられないけど、え……?
取り敢えず、一つだけ言わせてもらっても良いだろうか。色々と超絶恥ずかしくて居た堪れなくて申し訳なくて皆さんに合わせる顔がないので、今すぐ穴があったら入りたい。いや寧ろ掘って埋まりたい。




