68.最早理解不能です
翌朝の日曜日、私はぼーっとする頭で、朝食の支度をしていた。昨夜、何が起こっているのか、あまりにも理解不能過ぎて、全然寝られなかったのだ。
「冴香、おはよう。」
起きてきた大河さんに声を掛けられ、私は思わずビクッと身を強張らせた。瞬時に顔が熱くなる。
「お、おはよう、ございます。」
急に緊張してしまった私はどもってしまい、動きも錆び付いた機械のようにぎこちなくなってしまった。大河さんと目を合わせる事も出来なくて、焼いているベーコンをひたすら意味もなくひっくり返していると、大河さんが近付いて来て、頬にチュッとキスされた。
「ななななっ!?」
驚愕のあまり、頬を押さえて勢い良く後退ったら、足が縺れて盛大に尻餅をついてしまった。
い、痛い。
「大丈夫か?」
大河さんが目を丸くしながらも、手を差し出してくれている。
「何するんですか!?」
「何って、おはようのキス。」
「何でですか!?」
「何でって、俺達両想いなんだから、良いじゃん。」
大河さんは私の腕を掴んで立たせてくれた。私は呆気に取られながら、機嫌良さそうに洗面所に向かう大河さんの背中を見送る。
いやいやいや、良くないよ!! 昨夜からの出来事に、まだ頭が追い付いてないし!! 両想いって何!? 大河さんが私を好きとか、やっぱり有り得ないとしか思えないんだけど!?
呆然としていたら、ベーコンが半分くらい焦げてしまった。うう、大河さんのせいだ。
朝食を摂っていても、大河さんが無駄にキラキラした笑顔で私を見つめているものだから、うっかり顔も上げられない。
その色気がダダ漏れの蕩けそうな眼差しは、心臓に悪過ぎるので、お願いだから止めてもらえませんかね。おちおち食事も出来ないんですが。
食後に家事をしていても、何故か大河さんが後を付いて回り、挙句の果てには手伝うと言ってきた。
「何で手で干す必要があるんだよ。乾燥機で良いじゃねーか。」
「手で干す方が電気代かかりませんし、あまり皺も寄らずに綺麗に乾くので。あ、それちゃんと皺を伸ばしてから干してください。」
「やっぱ面倒くせーな。」
「嫌ならしなくて良いですよ。私がやりますので。」
「別に嫌とは言っていない。」
ぶつぶつ文句を言いながらも、洗濯物を干す大河さん。
本当に、どういう風の吹き回しなんだろう。有り得無さ過ぎて、寝不足の頭では理解出来ない、と思いながら大河さんを横目で窺っていると、大河さんが次に洗濯物の中から取り出した物が目に入って、私はギョッとした。それ、私の下着!!
「やっぱりいいです私が干します!!」
慌てて大河さんの手から下着をひったくり、バルコニーから追い出そうと大河さんの背中を押す。
「良いって。お前だっていつも俺の下着干してくれてるじゃねーか。」
うう、私の力では大河さんはびくともしない。
「それとこれとは話が別です! 本当にもういいですから、家の中に入っていてください!」
猛抗議すると、大河さんは渋々と言った様子で家の中に入って行った。
ああもう、何なんだ。訳が分からない。
朝から無駄に疲れ切って溜息をつきながら、アルバイトに出掛ける準備をする。リビングで新聞を読んでいる大河さんに挨拶をして玄関に向かうと、何故かまた大河さんが付いて来た。
「じゃあ、気を付けてな。」
靴を履いた私の腕を大河さんが取った。と思ったら、急に引き寄せられて、再び頬にキスされた。
「な、な、何するんですか!?」
「何って、行ってらっしゃいのキス。」
笑顔で平然と答える大河さんに、私は慌てて玄関を飛び出して、エレベーターまでダッシュした。ジュエルに向かいながら、回らない頭で、何が起こっているのか理解しようと努めたが、もう何が何だかさっぱりだ。
えーと、昨夜確か大河さんに好きだとか言われて、でもそれは有り得なくて、そうしたら何故かキスされて。
そこまで思い出した私は、顔に、頭に、熱が集まって、最早何も考えられなくなる。
何でこうなったんだろう? あれ、一応私のファーストキスなんだけど……いや今はそんな事どうでも良いし。ああっ考えが纏まらないっ!
……まさかとは思うけど、これからずっとこんな日が続くのだろうか? まさかね。そんな事ないよね。
……私の身が持たないので、絶対に無いと信じたい!!




