66.キャパオーバーです
天宮会長達に見送られ、ほっとした気持ちで帰路に就く。だけど隣の大河さんは、ずっと浮かない顔で運転していた。
どうしたんだろう? ……もしかして、あの場は取り繕ったけど、やっぱり私との同棲は、本当は嫌だったのかな……?
そんな不安に襲われるが、問い質す勇気なんて到底ない。もし肯定されてしまったら、私は出て行かなければならなくなる。好きな人に迷惑は掛けられないもの。だけど、そうなったら私には行く場所がない。
ああ、今なら会長に相談したら何とかなるかな? でも折角構わないって言ってもらえたんだもの。大河さんと一緒に居たいな……。
そんな事を考えて落ち込みながら、私達は終始無言で家に帰った。夕食の時になっても、気まずい雰囲気のままで食が進まない。何とか食べ終えて後片付けを終えると、大河さんに話があると呼ばれて、隣り合ってソファーに腰を下ろした。
うう、話って何だろう。やっぱり同棲は迷惑だって言われてしまうのかな。
「なあ、冴香……。お前、俺の事、どう思っているんだ?」
予想外の質問に、私は目を見開いた。大河さんは真剣な表情で私をじっと見つめている。
「どう、と言われましても……。大河さんには、とても感謝しています。家に置いて頂けて、環境も良くしてくださってますし。」
「そんな事を訊いてんじゃねえ! お前は、俺の事、男としてどう思っているんだって訊いているんだ。」
大河さんに両肩を掴まれて、私はますます当惑した。
何で、大河さんは、こんな事を私に訊いてくるんだろう?
「大河さんは、男性として、凄く魅力的な方だと思いますよ。イケメンで背も高くて格好良いですし、口は悪いですけど優しくて、困っている人を放っておけない方ですし。大抵の女の人は、大河さんの事を好きになると思います。」
何を今更、と思いながら、本人も分かり切っているであろう事を返答する。
「お前はどうなんだよ。」
「え……?」
掴まれたままの両肩に、力が込められるのを感じた。
「大抵の女は、じゃなくて! お前はどうなんだって訊いてんだよ! ……お前は、俺の事、少しも男として意識していないのか? それとも、俺の事、嫌いなのかよ?」
大河さんの顔が辛そうに歪んだ。
え? いやいやいや、ちょっと待って!
「何言っているんですか? 私が大河さんを、嫌いになる訳がないでしょう!?」
「じゃあ好きなのか?」
大河さんの質問に、一瞬たじろいだ。だけど、答えなんて決まっている。
「……そりゃあ、好きか嫌いかの二択なら、好きに決まっているじゃないですか。」
多分今、私の顔は真っ赤になっている事だろう。そう思いつつ、恥ずかしくて俯きながら呟くように告げると、大河さんにぎゅうっと抱き締められた。
「本当だな、冴香!? 俺の事、好きなんだな!?」
「……だからそう言っているじゃないですかっ。」
こんな恥ずかしい事、二回も言わさないでくださいよ!
好きだなんて言わされた上に、大河さんに抱き締められて、心臓がバクバクしっ放しだ。暫くして腕の力が緩められ、漸く大河さんが離してくれる気配がしたと思ったら、至近距離に大河さんのドアップが迫っていた。嬉しそうな笑顔を浮かべる大河さんの目が、今まで見た事もない程、熱を帯びていて艶っぽくて、ああ、男の人の色気って、こういう事を言うんだな、なんてどうでも良いような事を、頭の片隅で思っていた。
「冴香、凄く嬉しい。……俺も好きだ。」
「へ?」
何とも間の抜けた声が、私の口から零れ落ちた。
え? 今大河さん何て言ったの? 私の事好きって言ったの? いやちょっと待って何それ有り得ない!!
私は咄嗟に、大河さんの顔に両手を添えて、大河さんの額と自分の額をくっ付けた。と言うよりも、勢い余ってぶつけてしまった。ゴチン、と良い音がしたが、今はそれどころではない。
「痛えな! 何で頭突きするんだよ!?」
「……どうやら熱はないみたいですね。あ、でも今は私も顔が熱くなっているから、参考にならないかな? ちょっと待っててくださいね。今体温計持って来ますから。」
「またそれかよ!? 必要ねえし! 熱なんてねーから!」
大河さんの腕から抜け出して体温計を取って来ようとしたが、必要ないと大河さんに否定され、私は再び抱き込まれてしまった。
「冴香。俺の言葉が信じられないか?」
「はい。全く以て信じられません。」
当たり前だろう。大河さんならどんな絶世の美女だって選びたい放題なのに、何処をどう間違えて、こんな背が低くて可愛げのない、ひねくれた小娘に告白してくるんですかね?
きっぱりと即答すると、眉根を寄せて不機嫌面になった大河さんに、両手でしっかりと顔を固定される。大河さんの顔が急に眼前に迫って来たと思った瞬間、唇にふにっとした何かが押し当てられた感触がした。
……え?
ドアップになっていた大河さんの顔が、ゆっくりと離れていく。
「これで信じたか?」
再び焦点のあった大河さんの眼差しは、真剣そのもので。
えーと、ちょっと待って、今のって……キス?
「……ええええええええぇっ!?」
私は自分でも吃驚する程の大声を上げた。
え、ちょっと待って、何が起こったの!?
「信じられねーなら、もう一回するか?」
私の大声に顔を顰めながらも、大河さんが再び迫って来て、私は慌てた。
「いいえっ! 結構ですっ!!」
「そうか。じゃあ俺が冴香の事好きだって、信じてくれるんだな?」
「え? ええ!? 好き!? 大河さんが、私を?」
「信じられねーならもう一回。」
「いやあのストップ!! 分かった、分かりましたからっ!!」
私が必死に叫ぶと、大河さんはにんまりと満足げな笑みを浮かべた。再びぎゅっと私を抱き締めて、私の髪を撫でながら耳元で囁く。
「冴香、好きだ。」
私の髪や背中を慈しむように撫でながら、時折思い出したように、額や頬にキスを落としていく大河さん。
いやあの何これ有り得ない。お願いだから、誰か何がどうなっているのか教えて。えーと、あ、これは夢だ。うん、きっとそうだ。
大河さんの腕の中で、完全にキャパオーバーを起こした私は、思考を停止して硬直したまま、大河さんにされるがままになっていた。




