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58.心配でなりません

57話、冴香視点です。

 アルバイトが終わり、買い物を済ませて家に帰る。夕食の準備に取り掛かろうとした時、玄関の扉が開く音が聞こえた。

 え? 大河さんもう帰って来たの?

 時計を見るとまだ午後七時前。いつもより一時間以上は早いなと思いながら廊下に続く扉を開けると、大河さんが目の前に立っていた。いつもより疲れた様子で、顔色も悪い。何かあったのかと心配になって訊こうとしたら、急に大河さんに抱き締められた。


 「なあ、冴香。お前、月曜日の事、どうして俺に言わなかったんだ?」


 突然の事態に、全身が熱くなる。半ばパニック状態になっている私に、大河さんが耳元で掠れた声で囁いた。

 月曜の事? 何の話? それよりもこの状況は一体どういう事なのか、先にそっちを説明して欲しいんですが??


 「月曜日、俺の会社の同僚達が、お前を訪ねて来た筈だ。何でその事を俺に言わなかった?」


 ん? ああ、その事?

 動揺で良く回らない頭で、月曜日の事を思い出す。だけどそれがどう関係して、この事態になっているのか、さっぱり訳が分からない。


 「べ、別に何かされた訳ではありませんし、少しお話ししたら、皆さんすぐに帰られたので、これと言ってお話しする事はなかったんですが。」

 「それでもお前、何か悩んでいたんじゃないのか!? そいつらに何か言われたからじゃないのかよ!?」

 大河さんの腕に力が込められる。


 何? 何なの? 一体何が起こっているの??


 「少し引っかかる事があったので何だろうと思っていただけです。結局分からなかったので、考えるのを止めました。ってか、あの、離してもらえませんか?」


 少し苦しくなってきたし、この体勢は心臓に悪過ぎて、まともに考える事さえ出来ない。なのでお願いすると、大河さんはゆっくりと私を離してはくれたが、両肩に手を置いて顔を覗き込んできた。真剣で、だけど切なげな視線に射抜かれて、私の心臓が早鐘を打つ。

 ち、近い。この方が心臓に悪いのではなかろうか。


 「お前が、俺に恋愛感情は抱かない、って言っていたというのは、本当なのか?」


 大河さんの言葉で、パニックを起こしていた頭がスッと冷えた。

 何で、その事を……。ああ、あの時のお姉さん達に聞いたのか。


 「本当です。」

 真実を告げると、大河さんが目を見開いて顔を強張らせた。


 「私では大河さんに釣り合う訳がありません。大河さんは、イケメンで、背が高くて、格好良くて、優しくて、ずっと天宮財閥の後継者の筆頭候補と目されてきていて、女性にもモテモテで。私は、背が低くて、貧相で、無愛想で、女性らしさの欠片もなくて、性格だって捻じ曲がっていて、愛人の娘で、友達だって少なければ、家族だって居ても居ないようなもので。……こんな私の事、大河さんが好きになる筈ないじゃないですか。私が大河さんを想った所で、報われる訳ないじゃないですか!」


 自分で言っていて虚しくなる。視界が歪み、大河さんの顔を見ていられなくなって、真下を向いてきつく目を瞑った。


 「だから私は、大河さんに恋愛感情を抱きたくなかったんです! 好きになったって無駄だから! 何時か必ず失恋して、傷付くのが目に見えているから!」


 もう、遅いけど。もう、好きになってしまっているけれど。

 どれだけ気持ちを誤魔化しても無駄だった。心の奥底に押し込めても溢れ出してきてしまった。結局、認めてしまうのは時間の問題だった。

 だけど、私如きが好きになった所で、大河さんにとっては、迷惑以外の何ものでもないだろう。そう思っていたら、大河さんに再び抱き締められた。


 「だったら、冴香。その想いが、無駄じゃないとしたら? 報われると分かっていたら? 失恋なんてしない、傷付く事もないって分かったら、お前は、俺の事、好きになってくれるのか?」

 大河さんの声が震えている。


 好きになるも何も、もう既に好きなんですけどね。無駄じゃないとか、報われるとか……そんな事は有り得ない。でも、もし、そうなったら、どんなに嬉しいだろう。


 「そうですね。そんな夢みたいな事があれば、」

 良いですね、という言葉を発する前に、凄い力で全身を締め付けられた。


 「大河ざんぐるじいいぃ!!」

 大河さんの胸元をポカポカ叩いて、漸く解放される。大河さんの表情は、さっきまでの顔色が嘘のように、溌剌として明るく輝いていた。


 「大河さん、どうしたんですか? 今日は何だか変ですよ?」

 「何でもねえよ!」


 満面の笑みで答える大河さん。

 いや、明らかに挙動不審でしょうが。


 「あー、ほっとしたら何か腹減ってきた。今日の晩飯は何だ?」

 「何でもない訳がないと思いますが……。今日は鮭が安かったので、バターソテーにしようかと。」

 「良いな! 俺も手伝う。」


 その言葉に私はピタリと動きを止めた。そしてスーツの上着を脱ぎ、シャツの腕まくりを始めた大河さんに、疑惑の眼差しを向ける。


 「大河さん、やっぱり変です。熱でもあるんじゃないですか?」

 「は? 熱なんてねえよ。」

 「家事が苦手な大河さんが、手伝うとか言い出すなんて、熱でもあるとしか思えません。言動だっておかしいです。取り敢えずベッドに入っていてください。すぐに体温計を持って行きますから。」

 「ねえって言っているだろ!」


 その後、俺は健康だ、と言い張る大河さんに耳を貸さず、無理矢理実施した検温では、確かに大河さんは平熱だった。不貞腐れながらもお皿を並べてくれる大河さんを尻目に、私は鮭を焼きながらも、熱はなくても絶対に何処かが悪いのではないかと、心配でならなかった。

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