54.紛らわしいあいつ
53話、大河視点です。
その日一日で、敬吾と手分けして集めた情報を整理すると、つい最近、一部の女性社員が、仕事帰りに俺の家を訪ねようと相談していた事が分かった。何でも、以前冴香という名前の少女が、俺の忘れ物を届けに来ていたのが気になっていた上に、先日の昼休みに、俺が冴香を好きだとか何とか騒いでいたのを聞いていて、その少女の正体を確かめようと話していたんだとか。俺達の会話から、冴香が俺の家の家事をしていると知り、それなら家に居るかも、と総務部の社員が住所を調べて、押し掛ける流れになったらしい。
何ストーカーみたいな真似をしてくれていやがるんだ。きっちり絞めておかないとな、と敬吾にその連中を洗い出しておくように指示する。その中に間違いなく谷岡も居たのだろうと思いながら。
昼休みにそんな騒ぎをしていたのは一昨日。昨日は従弟達と食事会だったから、おそらくその連中はその日のうちに俺の家に来ていたのだろう。そう言えば一昨日、冴香の様子が少し変だった。俺が後継者狙いだと誤解して冴香が悩んでいるのかと思っていたが、もしかしたら連中に何か吹き込まれたのかも知れない。
だとしたら許せねえ。事と次第によっちゃ、そいつら只じゃおかねえぞ。
家に帰り、冴香と食卓を共にしながら確認しようとしたら、第一声が被ってしまった。冴香が思い詰めた様子だったので、先に喋らせる事にする。大した事じゃないとか言っているが、冴香が俺を頼ってくれているのかも知れないんだ。ちゃんと話を聞かないとな。
「大河さんは、その……例えば、相思相愛の恋人がいて、それなのに家族に交際を猛反対されて、別れを強要されたら、どう思われますか?」
「ゲホッ!?」
飲んでいた味噌汁が違う所に流れてしまって、俺は盛大に噎せた。
何の話だよそれは!? ……いや、こいつが唐突にこんな事を訊いてくるとは思えない。きっと何かある筈だ。……まさか谷岡の奴、自分が俺の恋人で家族に反対されて別れた、とか何とか妙な事を吹き込んだんじゃないだろうな!?
「お、俺はそんな奴いないからな! あの女に何吹き込まれたか知らねーけど、全部真に受けるなよ!!」
俺は思わず身を乗り出す。少しの間無表情だった冴香は、不思議そうに首を傾げた。
「……何の事でしょうか?」
「え?」
「いや、あくまでも、例えば、の話で……。別に具体的に大河さんに恋人がいらっしゃるとか、そういう話をしている訳ではないのですが……あの女、とはどなたの事ですか?」
「あ……いや、何でもねえよ。」
どうやら勘違いのようだと分かり、急に恥ずかしくなる。
谷岡の差し金じゃないのか? じゃあ何で冴香はこんな話を?
「そ……それで、あくまで、例えば、ですが、相思相愛の恋人との別れを、家族に……例えば、天宮会長や将大社長に強要されたとしたら、どう思われますか?」
尚も冴香が尋ねてくる。
あくまで、例えば、と強調されている所が何だか気になるが、気を取り直して真面目に考えた。
相思相愛の恋人か、と思わず冴香に視線を送る。冴香と恋人同士になったとして、家族に反対されて、別れろと言われたら、だって? そんなの、答えは決まっている!
「例えば、俺に恋人がいて、家族に反対されたら、って話だよな? それなら俺は、絶対に別れねえ。何が何でも、説得材料を用意して、祖父さん達を説き伏せて認めさせてやる。」
はっきりと冴香に告げると、冴香はパッと目を輝かせた。その様子に、まさか本当に俺と冴香が恋人になった時の事を想像して訊いてきたのか? なんて、あらぬ期待を抱いてしまう。
「大河さん、あの、お願いがあるんです! 力をお貸し頂けないでしょうか!?」
身を乗り出してきた冴香に、俺は少し驚いた。だけど、他ならぬ冴香の頼みだ。聞かない訳がないだろう。
「何でも言えよ。俺に出来る事なら、力になってやる!」
張り切って引き受けたは良いが、冴香の話を聞くにつれ、俺はだんだん気が抜けていった。冴香の例え話は、麗奈の事だったと分かり、脱力した俺は片手で頭を抱える。
「それで、何とか麗奈さんのお力になって差し上げたいんです。麗奈さんのご家族に認めてもらえる、何か良い方法はないでしょうか?」
こいつは……! 漸く俺に頼み事をしてきたと思ったら、自分の為じゃなくて他人の為かよ! 本当に紛らわしい奴だな!
まあ、友達の為とは言え、俺を頼って来てくれた事は良しとするか……。
「麗奈に恋人、ねぇ……。まあ、手段がない訳でもないが……。」
麗奈の家族である、貴大さんと麗子さん、そして大樹を脳裏に浮かべながら、俺は返事をする。
「本当ですか!?」
「ああ。その代わり少し時間が必要だな。そうだな……来週の金曜日にでも、その彼氏とやらを連れて俺の家に来いって伝えておいてくれ。その方が周りの目を気にせず、安心してゆっくり話せるだろうからな。冴香、バイトのある日で悪いが、夕食の準備を頼めるか?」
「勿論です。任せてください!」
冴香は安堵の表情を浮かべた。
本当は家に呼ぶのは気が進まなかったが、麗奈達が隠れて交際しているって言うなら、人目に付く場所は避けるべきだ。何処で誰が見ているか分からないからな。冴香の負担が増えてしまうのが心苦しいが、致し方あるまい。本人も気にしていないようだし。
食事を終え、スマホを弄っている冴香を横目に、俺は凛にラインを送る。
「そう言えば大河さん、先程何か言い掛けていませんでしたっけ?」
「ん? ああ……いや、別に良い。」
冴香に一昨日の事を確認しようと思っていたが、すっかり気が削がれてしまった。
まあ良いさ。明日になれば、敬吾から何かしらの報告が聞けるだろう。その時に確認すれば良い事だ。友達の力になれそうで、嬉しそうな顔をしている冴香に、水を差す気にもなれないしな。




