51.相談を受けました
翌日の水曜日、私は麗奈さんとの約束通り、十二時に麗奈さん達の通う東王大学の正門前に立っていた。恐らく誰もが知っているであろうこの名門大学には、麗奈さんの他、広大さんと雄大さんも在籍しており、大河さんと大樹さんの出身校でもあるらしい。皆さんが非常に優秀だという事が良く分かる。
「冴香さん! 来てくれてありがとう。」
お昼時になって一気に賑やかになった大学内から、麗奈さんが姿を現した。二人で連れ立って、麗奈さんのお勧めだと言う、近くのイタリアンのお店に移動する。学食よりは高いものの、リーズナブルなお値段で、美味しくてお店もお洒落と言う事で、学生にも人気があるお店らしい。女友達と食事に行く、というのに憧れていたし、昨日の創作料理も美味しかったので、多少緊張しながらも、気分が高揚してしまう。
お店に入ると、何名様ですか、と言う店員さんの問いに、麗奈さんは、三名で連れが後から来る、と答えた。二人じゃなかったのか、と私は首を傾げながら、四人掛けの席に案内される。
私達が席に着いてメニューを見ていると、間もなく入店して来た男性が、「ごめん、待った?」と言いながら、麗奈さんの隣に座った。
「冴香さん、紹介するね。こちら、新庄直也さん。医学部の四年生なの。」
「初めまして、新庄です。」
「初めまして、堀下冴香と言います。」
爽やかに微笑む新庄さんに、私は戸惑いながら挨拶を交わした。
背が高く、ふわりとした茶髪に凛々しい眉、意志の強そうな二重の目をした新庄さんは、ゆるく巻かれた茶髪に、ぱっちりと大きな目をした麗奈さんと並んで座ると、美男美女同士で凄くお似合いだ。お二人も何だか親密そうな雰囲気だし、やっぱり恋人同士なのかな?
注文を済ませた麗奈さんは、表情を引き締めて私に向き直った。
「相談、っていうのは、直也との事なの。私達、高校の時から付き合っているんだけど、家族が認めてくれていなくて、困っていて。」
私は少し得心が行った。だからご家族には相談出来ないのか。でも、何で私に相談を?
「直也の家は診療所を経営していて、直也はいずれ医者になって、後を継ぐ予定なの。私もそれを手伝いたいって思っているんだけど、家族からは、私は将来、天宮財閥を支える人間の一人にならなきゃいけないから、そんな奴とは付き合うな、どうせ一時の気の迷いだろう、ってこっ酷く言われちゃって。それ以来、隠れて付き合っているんだけど、私達は真剣だから、やっぱり皆に認めてもらって、堂々と会えるようになりたいんだ。お祖父ちゃん相手に啖呵を切っていた冴香さんなら、力になってもらえるんじゃないかなって思って。」
麗奈さんは縋るように私を見つめてくる。
いや、力になりたいのは山々ですが、私は結局会長に言い包められてしまったので、力不足だと思うんですがね。
だけど、麗奈さんに頼ってもらえたのは、凄く嬉しい。私に何が出来るのかは分からないけれど、折角頼ってもらえたのだから、何でも良い。何か、力になりたい、と私は懸命に考える。
麗奈さんと新庄さんの仲を、ご家族に認めてもらう為には、どうすれば良い? どうやって説得すれば良い? 説得……?
その時、私の脳裏に、ある考えが閃いた。
「……麗奈さん、その事を、大河さんに相談されてはどうでしょうか?」
「大河君に……?」
私の提案に、麗奈さんは困惑した表情を浮かべた。
「はい。大河さんなら、きっとご家族を説得出来るんじゃないかと思うんです。先日、会長の家からの帰りに、大河さんは会長の説得方法を教えてくださいました。感情論ではなく理詰めで、主張の核を論破すべきだと。会長に対抗手段を持てる大河さんなら、きっとご家族への説得方法も見付けてくださると思うんです。」
「た……確かにそうかも知れないけど、大河君が、私達の力になってくれるかな……?」
「……どうしてそう思われるんですか?」
私の問いに、答えてくれたのは新庄さんだった。
「俺がいずれ医者になって、診療所を継いだら、麗奈は家を出て、学んできた事を活かして診療所の経営に関わりたい、って言ってくれている。でも、それは天宮財閥から見れば、折角手塩に掛けて育ててきた、優秀な人材が一人減る事になるんだ。それが分かっていながら、麗奈の家族が、親族が、俺達の味方になってくれるとは思えないよ。」
「……それに、大河君は、小さい頃から後継者の筆頭候補だったもの。口では結構反発したりもしていたけれど、何だかんだ言っても、ちゃんとお祖父ちゃんに従って、天宮財閥の為に動いている人よ。そんな人が、天宮財閥の損失に繋がるような事に、手を貸してくれるかしら……?」
不安気な麗奈さんに、口を噤む。
私は小さい頃の大河さんを知らない。そして確かに、大河さんは天宮財閥の為に、形だけとは言え、嫌々ながらも私と婚約すらした人だ。だけど。
「……確かにそうかも知れません。ですが、天宮財閥の為にと、一番理不尽な思いをしてきたのは大河さんです。その思いを知っているからこそ、手を貸してくれるかも知れない、とは思いませんか?」
私の問いかけに、麗奈さんと新庄さんは戸惑ったように、互いの顔を見合わせた。
「大河さんが味方になってくださるかは分かりませんが、一度私の方から、大河さんの意向を確かめても構わないでしょうか? 勿論、お二人の事は絶対にバレないように、極力配慮を致しますので。」
少しの間、目を伏せていた麗奈さんは、思い切ったように顔を上げた。
「分かったわ。冴香さん、宜しくお願いします。」
「俺からもお願いします。ありがとう、助かるよ。」
少し胸のつかえが下りたように、互いに顔を見合わせて、お二人は微笑んだ。やっぱりお似合いのカップルで、何とも微笑ましい光景だな、と頬が緩む。
自分の淡い初恋など一生報われる事がない、と分かっているから尚更、お二人には是非とも幸せになってもらいたい、と強く思った。




