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50.笑顔を見せたあいつ

48~49話、大河視点です。

 翌朝、冴香と目が合った途端、視線を逸らされてしまった。昨夜、やっと心を開いてもらえたと思ったのに、また閉ざされてしまうのだろうか。俺は衝動的に冴香の腕を掴んだ。


 「おはよう、冴香。何で目を逸らすんだよ。」

 「その……、昨夜色々とご迷惑をお掛けしてしまったので、気まずくて。」


 俯きながら答える冴香に、心を閉ざされた訳ではないと分かった俺は胸を撫で下ろした。屈み込んで、冴香の顔を覗き込む。


 「気にするな。迷惑だなんて思ってねーよ。寧ろお前が心を開いてくれて嬉しい。今後は勝手な推測で思い悩んだりしないで、何でも俺に言ってくれよな。」


 微笑みながら冴香の頭を撫でると、冴香の顔が赤くなった。照れているのだろうか。昨夜自分の気持ちを自覚したからか、可愛いと思ってしまった。

 身支度を整えて、冴香と共に朝食を摂る。冴香を見ていると、好きな女が家に居て、一緒に食事が出来るって、実は幸せな事だよな、なんて柄にもない事が頭を過った。

 出掛けに、今晩の食事会の事を軽く打ち合わせる。いつもと変わらない、お気を付けて、という冴香の見送りの言葉が、何だか新婚のようで良いな、と感じて、冴香の頭に手を置いてから家を出た。


 従弟達との約束は午後七時。それまでに仕事を終えて、店に行かなければならない。あいつらに冴香を口説く隙を与えてなるものかと、気合を入れて仕事をこなした。


 少しばかり残業してしまったが、いつもよりは早く仕事を終わらせ、急いで店に向かう。時間には間に合ったものの、店に着いたのは俺が最後で、既に冴香は従弟達の質問攻めに遭っていた。内心苛立ちながらも、平常心を装って、空いていた冴香の隣の席に座る。

 乾杯を済ませ、頼んだ料理が届き出すと、俺と同様、通路側に座る大樹が、冴香の制止を軽くいなして、せっせと器を配ったり、料理を取り分けたりと甲斐甲斐しく動き出した。合コンでアピールする女子かよ、と思ったが、大樹の評価だけを上げるのも何だか癪なので、俺も配膳に加わる。


 「冴香ちゃん硬いねー。もしかして緊張している?」

 「あ……はい。」

 「そう気負わないで大丈夫だよ。僕達は冴香ちゃんと仲良くなりたいだけだから。」

 「はあ……。」

 広大と雄大が冴香の緊張を解そうとしているが、冴香は相変わらず硬いままだ。


 当たり前だ。冴香はなかなか人に気を許さない。俺だって心を開いてもらうのに、どれだけかかったと思っている。まだ会ったばかりのお前達と、早々に打ち解ける訳がないだろうが。


 「そうそう。冴香さんと交流を深めたい、と言うか、冴香さんの事をもっとよく知りたいし、俺の事も知ってもらいたいんだ。お祖父さんに色々言われた事は一旦忘れてもらって、まずは友達から始められないかな?」

 大樹の言葉に、冴香は予想外の反応を見せた。顔を上げ、少しの間大樹を見つめる。


 「はい。お友達なら、喜んで。」


 花が綻ぶような笑顔を見せた冴香に、俺は愕然とした。

 俺にだって滅多に見せない、冴香の笑顔。それが、大樹に向けられている事が、ショックで、腹立たしかった。


 「ありがとう。冴香さんって、笑うと凄く可愛いんだね。」

 満面の笑みを浮かべる大樹に、嫉妬を覚える。


 「お世辞がお上手ですね。大樹さんも女性の扱いに慣れていらっしゃるんですか?」

 「お世辞じゃないし、慣れてもいないよ。少なくとも大河君程じゃない。」

 「おい大樹!」


 危うく大樹に掴み掛りそうになり、俺は懸命に自制する。

 この程度の軽口で怒ってどうする。冴香に器が狭い男と思われるだけだろうが。


 「冴香ちゃん、俺ともまずは友達になってよ。」

 「あ、僕も!」

 「わ、私も……っ!」

 「はい、喜んで。こちらこそ、宜しくお願いします!」

 次々と友達申請する広大達に、冴香が再び笑顔を見せる。


 こいつ、友達って言葉に弱過ぎだろうが! そんな一言だけで、嬉しそうな笑顔を見せるんじゃねーよ!

 乗り気じゃなかったあいつは何処へやら。自称『友達』を前に、冴香はすっかり浮かれている。面白くない俺は、終始ムスッとしたまま、ビールと料理を口に運んでいた。


 やがて食事会はお開きになり、俺と冴香は二人、電車で帰る。


 「凄く楽しかったですね。お料理も美味しかったですし。次に皆さんにお会いするのが楽しみです。」

 食事会の前と後で、態度を百八十度変えた冴香に、ついつい悪態をついてしまう。


 「能天気だな、お前は。最初は乗り気じゃなかったくせによ。」

 「確かに最初は少し気後れしていましたけれど、お話ししてみると、凄く良い方々だったので。色々気遣ってくださって、お話しするのも楽しかったですし、あんな素敵な方々が、お友達になってくださったなんて凄く嬉しくて。」

 声を弾ませる冴香に、苛立ちが募る。


 こいつは……っ! いくら今まで友達が居なくて、出来て嬉しいからって、お友達の皮を被った、下心ありありの奴らだとか想像しないんだろうか。警戒心無さ過ぎだろうが!


 「お前、詐欺に遭うタイプだな。」

 「何でですか。」

 「何でもだ。」


 ああ、無性に苛々する。冴香が話し掛けてこなくなったのを良い事に、俺は自分を落ち着かせる事に専念した。


 冴香の気持ちが分からない訳じゃない。今まで友達と呼べる相手が居なくて、なって欲しいと言う相手が現れたら、誰だって嬉しいに決まっている。こいつだって、嬉しくて、少し浮かれているだけだ。そんな気持ちを、俺が叩きのめしてどうする。下手したら嫌われかねないじゃないか。

 そう思った所で、俺はスッと頭が冷めた。

 こいつに嫌われるのは、漸く開かせた心を、再び閉ざされるのは……嫌だ。

 隣に立つ冴香の様子を横目で窺う。冴香は窓の外を眺めていて、怒っている様子ではなさそうだった。そっと安堵の溜息を漏らす。情けない気もするけれど、俺はこいつを失いたくない。


 家の最寄り駅に着き、ホームに降りながら後ろを振り返ると、冴香が人混みに揉まれていた。慌てて手を掴んで引っ張り出す。


 「すみません、ありがとうございます。」

 「ったく。逸れんなよ。」


 掴んだ手をそのままにして階段を上がる。人が多いし、また逸れそうになったら面倒だしと、誰に聞かせる訳でもなく、脳内で言い訳を並べていたら、冴香が手を握り返してきた。ドクリと俺の胸が高鳴る。

 嬉しい。この手を、離したくない。

 改札を出る為に一旦手を離しても、俺は出てから再び繋ぎ直した。


 「大河さん、手……もう大丈夫ですよ。」


 駅を出て、人通りが少なくなった所で、冴香に声を掛けられた。だけど、離したくない俺は、急いで理由を探し出す。


 「お前、歩くの遅いし。」

 握る手に少しばかり力を込める。


 笑顔を見せるのは、俺だけにして欲しい。あいつらと、必要以上に仲良くならないで欲しい。そして、俺の事を好きになって欲しい。

 だけど、それを今、言う訳にはいかない。言えば、きっとまた後継者狙いだと誤解されて、今度こそ冴香の信用を失い、完全に心を閉ざされてしまうだろう。


 そんな事を考えて気落ちしながら、家に帰り着くまで、手を繋いだまま、ずっと無言で歩いていた。

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