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45.どうか許してください

 帰宅した大河さんと一緒に食事を摂りながらも、私は先程の谷岡さんの事が頭から離れなかった。

 あの時、彼女から感じた悪意は一体何だったんだろう。継母や異母姉や同級生達、そしてさっきのお姉さん達のような、直接私に向けられるような類の悪意とは少し違っていた。それ程強くも、鋭くもなくて、でも足元からゆっくりと、確実に這い上がってくるような、不気味な気配。だけど、だからと言って、谷岡さんの一言一句を思い返してみても、違和感を感じるものは何もない。寧ろ、私を心配してくれるものばかりだった。

 私は暫く悩んで、考えるのを止めた。考えても分からないし、どうせ谷岡さんと会う前と会った後で、私が取るべき行動は変わらない。……私は、大河さんには、恋愛感情は抱かない。


 「……冴香、また箸が止まっているぞ。何かあったのか?」

 「あ、いえ。何でもありません。」


 大河さんに指摘された私は、慌てて手を動かして、ご飯を口の中に放り込んだ。食べ終わって後片付けを終え、お風呂の準備をしてリビングに戻ると、ソファーに座っていた大河さんに、隣に座るように言われた。

 何だろう。珍しいな。不思議に思いながらも、言われた通りに腰掛ける。


 「お前、何か悩んでいるんじゃないのか? 力になってやるから、俺に話してみろよ。」


 大河さんに真剣な顔で見つめられて、私は言葉に詰まる。

 さっきまで考えていた谷岡さんの事は、もう私の中では終わった事だし、そもそも事の経緯を全て大河さんに話す気などない。谷岡さんから聞いた話……谷岡さんを手酷く振った事について、大河さんの女癖の悪さについて、大河さんに色々問い質してしまいそうで怖かった。私は、大河さんの事には一切口出しする事は許されていないのに。


 「……別に悩み事なんてありません。強いて言えば、明日の食事会の事を考えて、少し緊張していただけですよ。」


 いつものように、何でもない風を装って、咄嗟に思い付いたにしては上出来の、自分でも納得出来る言い訳を口にする。これなら大河さんも、本当に気にするような事じゃないと分かってもらえるに違いない。

 そう思ったのに、大河さんに両肩を強く掴まれた。


 「緊張、って面じゃなかっただろ。あれは明らかに、何か思い悩んでいる顔だったぞ。何時までも俺を誤魔化せると思うな。そんなに俺が頼りないのかよ!?」


 語気を荒らげる大河さんを、私は愕然として見つめた。

 何で? 何で分かったの? 私はいつも無表情なのに。感情なんて表情に出ていなかった筈なのに。何で!?


 「……お前は確かに表情が乏しいけど、ずっと見ていたらそれくらいの事は分かるんだよ。悩み事があるのなら、俺に話せ。何時までも一人で抱え込むな。」


 一言も発していなかったのに、まるで私の心が読めるかのように、大河さんは心の中の私の疑問に答えてみせた。驚きで、声が出ない。碌に動かなくなった表情筋を利用して、感情を隠す事を覚えてからは、それを見破られた事などなかったというのに。

 何で、どうして、という驚愕と、隠した感情を見破られた事に対するショックと、それでも本当の感情を見付けてもらえた嬉しさが綯い交ぜになって、頭の中を支配する。何か言わなきゃいけないのに、何も思い浮かばない。どうやってこの場を取り繕えば良いのか、分からない。


 「……冴香。」


 心配そうな表情をした大河さんが、促すような声色を出し、優しく頭を撫でてくれた。温かい手が、心地良い。そう思った瞬間、私は、自分でも信じられない言葉を口にしていた。


 「……大河さんがそうやって私に優しくしてくださるのは、後継者の座が欲しいからですか?」


 大河さんの表情が、驚きと不快で歪む。それを見て取った私は、大河さんの両手を振り払っていた。


 「貴方が継ぐ筈だった、天宮財閥の後継者の座を、あんな形で振り出しに戻されて、私の事を快く思っている筈がありません。私に優しくして、気を引いて、もう一度後継者の座を取り戻そうというおつもりですか!?」


 それだけ言い放つと、ますます顔を歪ませた大河さんを残して、私は自分の部屋へと逃げ込んだ。乱暴に閉めたドアに鍵を掛けて背中を預け、そのまま床に座り込む。


 違う、違うんです。自分でも分かっているんです。大河さんは、あんな事になる前から優しかった。そりゃあ最初は嫌悪感丸出しだったけれど、結局は家に置いてくれて、色々と世話を焼いてくれて、とても親身になってくれた。今だってそうだ。私が隠した真実を、ちゃんと見破ってくれた。そんな事、本当にちゃんと私を見てくれていなければ、出来る訳が無い。驚いたけれど、とても嬉しかった。

 だから……怖かった。優しく頭を撫でられた瞬間、思わず心を全て委ねてしまいそうになった。私は、大河さんの事を好きになる訳にはいかないのに。大河さんが、私を好きになる事など有り得ないのに。


 私は膝を抱きかかえて体育座りになり、顔を埋め込んだ。目から溢れ出てくる液体を、必死で止めようと試みる。

 大河さん、本当にごめんなさい!! 貴方を傷付ける事でしか、貴方と距離を取れない、馬鹿な私を許してください! 貴方を傷付けてしまった私を、どうか許してください!!

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