43.俺の気持ちとあいつ
大河視点です。
「大河、今日朝からずっと眉間に皺が寄っているが、何かあったのか?」
翌日の昼休み、食堂で弁当を食べていると、向かいの席の敬吾が尋ねてきた。
「まあ……。ちょっと面倒臭い事になった。」
「面倒臭い事?」
「端的に言うと、明日の晩、冴香と従弟達と一緒に、飯食いに行く事になった。」
「何でまたそんな事になったんだよ。」
呆れたように顔を顰める敬吾に、昨夜の経緯を説明する。
冴香が従弟達の連絡先を登録してラインを送った所、すぐに従弟達から連絡があったそうだ。どいつもこいつも、今度二人で食事に行こう、と冴香を誘ったものの、冴香は家事とアルバイトを理由に断ったらしい。すると今度は俺の方に連絡が来て、冴香の独り占めは狡いだの、少しくらい冴香とデートさせろだの、その間はその辺で適当に夕飯を済ませろだの、好き勝手な事を言ってきやがった。鬱陶しい。
家で冴香の手料理をゆっくり食べられるという特権は、冴香を家に置いて面倒を見てやる代わりに、家事を引き受けてもらうという、俺と冴香の契約から生まれたものだ。その権利をみすみす放棄して、肉食系の女共に逆ナンされる覚悟で、店で一人飯を食いつつ、従弟達に冴香とデートさせてやる気など毛頭ない。
だが敵もさる者。ならば自分達を家に招いて、冴香の手料理を食わせろと言ってきた。あいつらに冴香の手料理を食わせてなるものか。俺は当然却下し、妥協案として、俺を含めた外食ならば構わない、と提案してやった。俺を蚊帳の外に置いて、冴香を口説かないよう、全員纏めた食事会にして、火曜日の晩を指定する。これなら水曜日が休みの冴香は食事の準備をしなくて済んで楽だし、従弟達は互いに牽制し合って、碌に冴香を口説く事すら出来まい。
……何故か女である麗奈まで、冴香と二人で会いたい、と言ってきた事は腑に落ちなかったが。食事会の事を話したら来ると言っていたから、取り敢えずはこれで良いだろう。
「……流石。腹黒いな、お前。」
話を聞き終わった敬吾が、呆れ顔で俺を見遣る。
「と言うか、そんな無駄な労力を割くくらいなら、いっその事冴香ちゃんに告って、正式に恋人同士にでもなった方が良いんじゃねーの。」
「はあ!?」
敬吾の言葉に、俺は思わず大声で叫んでいた。
「何で俺が冴香に告んなきゃなんねーんだよ!?」
「だってお前、好きなんだろ? 冴香ちゃんの事。」
「違うわ! 何処をどうしたらそうなるんだよ!?」
「よく言うぜ。他の男と冴香ちゃんをデートさせてやる気などない、冴香ちゃんの手料理を食べさせてやる気もない、冴香ちゃんを口説かせる気もない。これって独占欲と嫉妬以外の何ものでもないと思うけど?」
「俺は家でゆっくり美味い飯を食いたいだけだし、あいつらが冴香の手料理に味を占めて、しょっちゅう家に来たがるようになったら迷惑なだけだ。それに、食事をしている目の前で、他人の色恋沙汰を繰り広げられたくねえよ。」
抗議する俺に、敬吾は残念なものを見るような視線を俺に寄越した。
「……じゃあ、お前は冴香ちゃんがきちんと家事をこなしてくれて、家でゆっくり食事が出来さえすれば、冴香ちゃんが他の男に口説かれていても、デートしていても、手料理を食べさせていても、平気だって言うんだな?」
敬吾の静かなその問いかけには、俺は即答出来なかった。
冴香が他の男に口説かれて、デートして、俺以外の男に手料理を振る舞う……?
その姿を想像しただけで、昨夜と同じ、どす黒いものが腹の底に渦巻いていく。
正直、嫌だ、と思った。でも何故だ?
「お前がどうしようとお前の勝手だけど、後で後悔しないようにしろよ。お前がヤケ酒でもするような事になれば、面倒見るのも後始末するのも俺なんだからな。そこん所宜しく頼むぜ。」
敬吾は溜息をつきながらそう言うと、食べ終えたトレーを返却しに行った。俺も立ち上がり、弁当箱を洗いに給湯室へ向かう。残り少ない昼休みの間中、俺は嫌だと思った原因について考えを巡らしていたが、結局分からず終いだった。
俺は……敬吾の言う通り、冴香の事が好きなんだろうか? 身体つきも性格も、女らしさも可愛げもない、口を開けば憎まれ口しか叩かないような、あの小生意気な女を?
だけど、あいつと口論してムカつきながらも、それを何処かで楽しいと思っているのは事実で。あいつの作る料理に、あいつと一緒に摂る食事に、日々のストレスを緩和されて癒しすら感じてもいる訳で。あいつが落ち込んだり、悩んだりしているなら気になって仕方がないし、いくらでも力になるから、もっと俺を頼って欲しいとも思う。
酷い扱いを受けてきたあいつに同情して、家に置いてやって、一々口答えするのが気に入らないから手懐けてやろう程度にしか思っていなかった筈だが……、あいつが従弟達や他の男とデートしたり、手料理を振る舞ったりするって想像すると……やっぱり嫌だ。何でかは分からないけれど、凄くモヤモヤする。これは、やっぱりあいつを好きって事になるのか?
自分の気持ちの筈なのに、自分でも分からない。こんな事は初めてだ。




