41.貸し切りにした覚えはないのですが
「それで、冴香ちゃんの好きなタイプは? 俺達は質問に答えたんだから、冴香ちゃんも答えてよ。」
頭を抱えている私に、広大さんが楽しそうな笑顔を浮かべて再度尋ねてくる。
「……そんな事を言われましても、考えた事がなかったので、困ります。」
困惑しながらも正直に答えると、大樹さんが興味深げに、ふーん、と呟いた。
「そんな風に言うって事は、大河君とも左程進展してはいないのかな? 経験豊富な大河君の事だから、もう手を出されてしまったかも知れないと思っていたけど、それなら一安心だね。」
ちょっと。手を出すとか、何笑顔で不穏な事を吐いてくれてるんですかね。
「大河さんが私なんかに手を出す訳無いじゃないですか。それに、皆さんだって相当おモテになりそうですし、並み居る美女を選びたい放題なんじゃないんですか? それなのにそんな下らない事を私に訊きに、わざわざ折角の休日を費やして来られるなんて、正直理解出来ません。……そんなに後継者の座に興味がおありなんですか?」
昨日会ったばかりで初対面同然の人に、仕事中にもかかわらず、返答に困る事を根掘り葉掘り訊かれるのは、人見知りの私にとって正直苦痛だ。ついつい言葉に刺が混ざってしまったが、お三方が気にする様子は全くない。
「後継者の座に興味がない、って言ったら嘘になるけれど、今は純粋に冴香さんに興味があるんだ。お祖父さんがあんなに気に入るなんて、どんな子なのかもっと知りたいなって思って。良かったら今度二人で食事にでも行かない?」
「あっ、大樹君ずりい! 冴香ちゃん、俺とも行こうよ。ってか連絡先交換しようぜ!」
「あ、じゃあ僕にも教えてよ。」
広大さんと雄大さんがスマホを取り出す。だから私は仕事中なんですってば。
カランカラン、とドアチャイムの音がして、私は救われた気持ちで振り返り、そして固まった。
「あら、広大達も来ていたのね。」
声の主は理奈さんだ。落ち着いたダークブラウンのショートヘアに、少し吊り目がちのぱっちりとした二重の目が印象的な、勝気そうな美人さん。きびきびとした所作から、如何にも出来る女だという雰囲気が感じられて、流石は大企業の社長さんだと感心する。
理奈さんの後ろからは勇夫さんが顔を出した。こちらは少しだけ白髪のある黒髪を後ろに撫で付け、優しそうな垂れ目がちの目をした、誠実そうな男性だ。
「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
マスターの挨拶に我に返った私は、慌ててお二人をテーブル席にご案内した。お二人のご注文をマスターに伝えていると、テーブル席の親子連れが立ち上がったので、会計を済ませて送り出し、テーブルの上を片付ける。いつもと同じ事をしている筈なのに、あちこちから視線を感じるせいでやり辛い。
そしてまたドアチャイムの音。顔を上げると、貴大さん麗子さんご夫婦が立っていた。写真で見た天宮会長に似た、厳格な雰囲気を漂わせている貴大さんに、ぱっちりとした大きな目が印象的で、とても二十代のお子さんがいらっしゃるようには見えない麗子さん。
何なんだろう。何時の間にか店内のお客さんが、天宮家の方々ばかりになっている。貸し切りにした覚えはないんですがね。
何だかもう諦めの境地に達した私は、お二人をテーブル席にご案内した。お二人のご注文と引き換えに、理奈さんご夫婦のご注文のコーヒーとケーキをテーブルに運ぶ。それが終われば貴大さんご夫婦のケーキの準備だ。相変わらず色々な所から視線を感じるが、忙しいのでもう余計な事は考えずに仕事に集中する。
カランカラン、という音に振り向くと、そこには麗奈さんが立っていた。
「えっ!? 皆来ていたの……!?」
麗子さんと顔立ちが良く似た麗奈さんは、店内を一目見ただけで、慌てたように視線を彷徨わせ、困惑したような表情で、雄大さんの隣のカウンター席に腰を下ろした。注文を取り、貴大さんご夫婦のコーヒーとケーキをテーブルにお届けした所で、またドアチャイムが鳴る。
「冴香さん、こんにちは。お邪魔するよ。ん? 皆来ていたのか。早速交流しているとは、感心感心。」
天宮会長と和子さん、将大さんご夫婦までご来店だ。
何なんだこの状況は。これで大河さんが居れば全員揃っちゃいますよ。
四名様をテーブル席にご案内したり、麗奈さんのカフェラテをお持ちしたり、と私が忙しなく動いていると、他の方々が居ては話し辛いのか、大樹さん達が立ち上がった。
「ありがとうございました。またお越しください。」
お会計を済ませて送り出そうとすると、お三方から一様に、小さく折り畳んだ紙を渡された。中を開いてみると、連絡先が書かれている。
「冴香さん、後で必ず連絡してね。」
「今度は二人でゆっくりデートしようぜ!」
「兄さん、抜け駆けは無しだよ。」
お三方は言いたい事だけ言って帰って行かれた。こんな事は初めてで、正直どうしたら良いのか分からない。でもまさか無視する訳にもいかないし、困ったな。
因みに麗奈さんからも帰り際に連絡先を頂いてしまった。こちらは真面目な面持ちで、連絡待ってます、と言われてしまったので、何か私に文句でもあるんじゃないかと気が気でない。うう、私の精神がますます削られていく。
暫くして理奈さんご夫婦、貴大さんご夫婦も席を立ち、会長達も雑談をしてからお会計を終えられた。お見送りをしようとすると、恵美さんに話し掛けられた。
「冴香さん、本当に大河はご迷惑をお掛けしていないかしら? 育てた私が言うのもなんだけど、生活力がまるで無いし、色々ご迷惑をお掛けしているんじゃないかと心配で……。」
不安気に尋ねる恵美さんに、私は微笑んで見せた。
「そんな事はありません。寧ろ私の方が、すっかりお世話になってしまっていて。髪や服を整えて頂いたり、色々気を遣ってくださったりしているので、本当に有り難いです。」
「そう? それなら良かったわ。あの子にしては、ちゃんと冴香さんの事を大事にしているみたいね。……でも、昨日は私達の勘違いだったみたいだけれど、もし酔っ払った大河が、冴香さんの意思を無視して、無理矢理何かしてくるようだったら、遠慮なく急所を蹴飛ばしてくれて良いからね。」
何やら物騒な事を口にしつつ、目が笑っていない笑顔を浮かべる恵美さんに、私は顔を引き攣らせた。
これはまたピンポイントな所を突いてこられていますが、一体何処までご存知なんですかね? ……あ、でももしかしたら、一昨日飲み会があった事さえ知っていれば、大河さんの事を良く知る人なら、予想出来るのかも知れないな。恵美さんなら、将大さん辺りから飲み会の事を聞いていたのかも知れないし。つまり、酔っ払った大河さんには要注意って事なのかな? まあ、でも……。
「女性に不自由しない大河さんが、私みたいな小娘にそんな事する筈が無いじゃないですか。でも万が一、そんな事があったら、そうさせて頂く事にします。」
私が苦笑しながら答えると、恵美さんは可笑しそうに、声を立てて笑った。
「ふふ、貴女なら大丈夫そうね。冴香さん、これからも大河の事、お願いしても良いかしら?」
「はい。勿論です。」
私が答えると、恵美さんは心底嬉しそうな笑顔を見せた。
「ところで、今日は皆さんこぞってお越しくださいましたけど、何かあったんでしょうか?」
私が訊いてみると、恵美さんはくすりと微笑んだ。
「きっと皆さん、冴香さんの事が気になって来たんだと思うわ。お義父さんがあそこまで入れ込むだなんて、どんな子なんだろうって思ったんじゃないかしら。帰り際の様子を見る限りでは、皆さん納得されたみたいだったわね。」
恵美さんの言葉に、私はギョッとした。
「……どうして、そう思われるのですか?」
「冴香さんの接客、完璧だったもの。忙しくても段取り良く動く、それなのに来客には、忙しさを感じさせないくらい優雅に振る舞う。色々な事に気が付くし、機転も利く。天宮財閥の跡取りの伴侶としても、しっかりと基本が出来ていそうだから、将来が楽しみって所ね。」
何処か悪戯っぽく笑う恵美さんの返答に、私は青褪めた。
何だそれは!? そんな所で勝手に判断しないでくださいよ!!
「恵美? どうかしたのか?」
「ああ、ごめんなさい。すぐ行くわ。じゃあね、冴香さん。」
「はい。ありがとうございました。またお越しください。」
将大さんに呼ばれ、お店を後にする恵美さんをお見送りして、私は盛大に溜息をついた。
ああ、何だかもう精神的に疲れた。
「冴香ちゃん、モテモテだね。」
一連の流れを見ていたマスターが、笑顔で揶揄ってきた。
えーっと、何処をどう見ればそうなるんですかね。
「あの方々は私という、初めて見る珍獣に一時的に興味を持っているだけであって、決してモテている訳ではありませんよ。」
「またまた。イケメン三人から言い寄られて、連絡先をもらうなんて、モテている以外の何ものでもないじゃないか。」
「だから違うんですってば……。」
翠さんが休憩ついでに、幸乃さんの食事や家事をこなして戻って来られた途端、マスターが楽しそうに先程の出来事を語り出した。マスターが変に話を盛って、如何に私がモテていたかを語るものだから、その都度誤解を解かなければならず、更に余計な気力と体力まで消耗する羽目になってしまった。




