40.イケメンの従弟達もイケメンでした
翌日の日曜日。お昼時の一番忙しい時間帯を乗り切って昼休憩を頂いた私は、マスターと入れ違いでお店に戻った。お客さんは疎らになっていて、私は少しの間翠さんとのんびり雑談をする。
昨日私がお休みを頂いてしまったので、お店が大丈夫か心配だったけど、お二人の娘さんの幸乃さんの旦那さんで、警察官の総一郎さんが非番だったので、普段翠さんが掛け持ちでしている家事や幸乃さんの介抱を一手に引き受けてくださり、お店の方はお二人で切り盛り出来たらしい。
良かった、とほっとしていると、テーブル席に座っていた男女が立ち上がったので、私はすぐにレジに入った。
「すみません、お会計お願いします。」
良く通る低い声で伝票を渡してきたのは、サラサラの茶髪に切れ長の目の、背の高いイケメンさん。その隣に立つのは、肩までの艶やかな黒髪に、涼しげな目元の美人さん。まるでモデルのようなクール系美男美女のカップルに、思わず一瞬見惚れてしまった。
「ご馳走様でした。コーヒーもケーキも、とても美味しかったです。」
「あ、ありがとうございます!」
鈴の音のような軽やかな声を掛けてきてくださった美人さんに、私は嬉しくなって舞い上がってしまった。
「マスターは今休憩中かな? 美味しかった、って伝えておいてくれる?」
「畏まりました。」
わざわざお褒めの言葉を伝えて下さるお二人に、嬉しさのあまり自然と笑みが零れてしまう。
「司さん、このお店、良くご存知でしたね?」
「ああ、大学の後輩に教えてもらったんだ。来たのは俺も初めてだけど、彼が勧めるだけあって良かったな。また来ような、怜。」
お会計を終えた私は、お礼を言ってお二人を見送る。見た目も性格も素敵なお二人は、仲が良さそうに手を繋いでお店を出て行かれた。お二人共結婚指輪をしておられたから、ご夫婦なんだろうな。幸せそうで、凄く羨ましい。良いなぁ、憧れちゃうなぁ……と思っていると、昨日大河さんに指摘された事が頭を過った。
幸せ、か。私の幸せって、何だろう。堀下の家を出る事だけで頭がいっぱいで、あまり考えた事はなかったけれど……。
やっぱり何時か、こんな私の事を受け入れてくれる人が現れたら良いな、とは思う。百五十センチにも満たない小柄で、体付きも貧相で、性格も可愛くない私の事を、好きになってくれる人がいるなんて、想像も出来ないけれど、これから先の人生、ずっと一人でいるよりは、やっぱり幸せな家庭を築けるならば築いてみたい。細々とした暮らしでも、さっきのご夫婦みたいに、相思相愛になった人と、手を繋いで歩けたら幸せだろうなぁ……と思った所で、ふと先日大河さんとお祭りに行った時の事を思い出してしまった。
いや、あれは違うから!! 人が多くて逸れそうだったから、大河さんが手を繋いでくれただけで、大河さんが私の事を好きになるとか有り得ないから!!
「……冴香ちゃん、どうかしたの?」
「あ……いえ何でもありません。」
ブンブンと頭を振りながら否定している私に、怪訝そうな翠さんが突っ込みを入れた時、マスターが昼休憩から戻り、入れ違いに翠さんが休憩しに行った。
恥ずかしい。何やってるんだ私。
マスターに先程のお客さんの事を伝えると、マスターもとても喜んでおられた。カランカラン、と来客を知らせるドアチャイムが鳴り、私は張り切って笑顔を作る。
「いらっしゃいませ。」
来客は意外にも昨日会ったばかりの人で、私は思わず目が点になった。えっと、確か大樹さん、だったよね?
銀縁の眼鏡が印象的な大樹さんは、従弟と言うだけの事はあって、何処となく大河さんと似ている。二重の切れ長の目と良く通った鼻筋が大河さんを彷彿とさせていて、サラサラの黒髪を持つ彼も、紛れもないイケメンだ。あ、でも眼鏡のせいか、大河さんよりも年下なのに、知的で落ち着いている雰囲気があるなぁ。
「こんにちは、冴香さん。ここでアルバイトしているんだ。良いお店だね。」
「ありがとうございます。お一人ですか? でしたらカウンター席へどうぞ。」
大樹さんをカウンター席に案内して、注文を取る。マスターに伝えた所で、カウンター席に座っていたお爺さんが、マスターに挨拶をして立ち上がった。お会計を済ませて送り出し、カップを片付けてカウンターの上を拭く。
……何だろう。さっきからずっと視線を感じるんですけど。
「冴香さんは、ずっとここでアルバイトをしているの?」
視線の送り主と思われる大樹さんが、マスターがお出ししたエスプレッソを片手に尋ねてきた。
「いえ、アルバイト自体、始めたのはつい最近です。」
「そうなんだ。その割には凄く慣れているね。物覚えが早いんだ。」
「いえ、そんな事はないと思いますが……。」
何せアルバイト歴はまだ短いですが、似たような事はずっとしていましたから。
内心でそんな事を呟く私に、にこりと微笑む大樹さん。イケメンにそんな笑顔を向けられると何だかむず痒くなる。
と言うか、大樹さんは多分、ただコーヒーを飲みに来ただけじゃないよね? 昨日会長がカフェの場所を尋ねていたから、それを聞いていて、私に話があって来たと考えるべきだよね? 私が結婚相手兼、天宮財閥の後継者を決めるという流れになってしまった訳だけど、やっぱりその事について文句とか言いに来たんだろうか。うう、何を言われても仕方ないとは思うけど、せめてお店の中は迷惑になるから止めて欲しいな。
「あの、大樹さん、今日ここに来られたのは、やはり昨日の件でしょうか?」
恐る恐る尋ねると、大樹さんは微笑んだまま頷いた。
「うん。昨日のお祖父さんの言葉通り、冴香さんと交流を深めようと思って。」
「へっ?」
予想外の大樹さんの言葉に、私がその場で固まりかけた時、再びドアチャイムが鳴った。
「あれ、大樹君も来ていたんだ。」
「広大に、雄大……。お前達も冴香さんに会いに来たのか?」
「うん。あの祖父ちゃんに言いたい事言いまくる奴なんて、面白そうじゃん。」
「少しばかり、彼女に興味も湧いたしね。」
お店の中に入って来て、大樹さんの隣の席に座ったのは広大さん。短めのツンツンヘアの茶髪に、意志の強そうなぱっちりとした吊り目がちの二重の目をした、少しやんちゃそうなイケメンだ。広大さんの隣の席には雄大さん。ふわりとウェーブのかかった茶髪に、こちらは垂れ目がちの二重瞼のイケメンで、にこにことした癒し系の雰囲気を醸し出している。
昨日の出来事を肯定している様子のお二人にも戸惑ったが、仕事を疎かにする訳にはいかないと頭を切り替え、お水とおしぼりをお出しして注文を取る。
「ねーねー、冴香ちゃんの好みってどんなタイプ? 教えてよ。」
いきなり突拍子もない質問をしてきた広大さんに、私は棚から出しかけていたコーヒーカップを取り落としそうになった。
危ない危ない。ちょっと、ほぼ初対面の女の子に、何訊いてくれてるんですか。
「あ、俺もそれは是非教えて欲しいな。あと、大河君と何処まで進んでいるのかも。」
大樹さんまで悪乗りしてきて、私はギョッとする。
「……私は仕事中ですので、ナンパなら余所に行ってやってください。」
「つれないなあ。まあでも、お祖父ちゃんもそこに惹かれたのかもね。」
雄大さんまでにこにこしながら何言ってるんですか。
三人の視線を感じて物凄く居心地が悪い。営業妨害で摘み出してくれないかな、とマスターに視線で助けを求めてみると、ニヤニヤと何処か楽しそうな笑顔を返された。
駄目だこりゃ。頼りにならん。
「ねー冴香ちゃん、勿体ぶってないで教えてよ。」
尚もしつこく食い下がる広大さん。私は溜息を一つついて、お三方に向き直った。
「……皆さんは、昨日の件について本当に納得されているんですか?」
私なら、自分の人生を左右しかねない事を、こんな小娘の一言で決定されてしまうなんて到底納得出来ない。きっと皆さんも同じ気持ちだろう。そう思っていたのに。
「んー、良いんじゃない?」
間の抜けた雄大さんの返答に、私は開いた口が塞がらなかった。
「だってお祖父ちゃんがあそこまで見込んで肩入れしているんだから、冴香ちゃんはきっと良い人なんだろうなって思うし?」
「祖父ちゃんにはっきりきっぱり物を言う態度、俺は気に入ったしな。」
「お祖父さんのやり方は確かに多少強引だけれど、結果はいつも従って良かったと思う事ばかりだからね。昨日の一件で俺も冴香さんに好感を持ったし、出来れば親しくなりたいなって思っているよ。」
三人に笑顔で返されてしまい、私は思わず頭を抱えた。
嘘でしょう……? それじゃ、本当に私に結婚相手兼、天宮財閥の後継者選びを任せる気なの? お願いだから、誰か嘘だと言って! 夢なら早く醒めて欲しい!!




