39.俺とあいつと対策と
37話~大河視点です。
「では、冴香さんの歓迎と、天宮財閥の今後の発展を祈って、乾杯!」
食事会が始まり、俺は飯を口に放り込みながら今後の策を考える。
まずは冴香の意思の確認だ。何があいつの幸せなのかを把握し、どうしたいのかはっきりさせないと。それから従弟達の意見も訊いて、可能なら味方に付けた上で、改めて祖父さんに抗議するのが最善か、と算段を付けた所で、祖父さんの冴香への質問攻めが始まった。俺の名前も頻繁に出てくるものだから、思考を中断して会話に聞き耳を立てる。何時こっちに飛び火が来るか分かったもんじゃないからな。
冴香は俺が良くしてくれていると祖父さん達に言ってくれていて、少し照れ臭くなった。アルバイトの話になった時は、祖父さん達に嫌味の一つでも言われるかと思ったが、冴香自身がしたがっていた事だからか、特に何も言われる事はなく、カフェの場所を冴香から事細かに聞いていた。絶対に後日行く気だ。
そうこうしているうちに食事会は終了する。と、冴香が祖父さんに改まって願いを聞いてくれと頼み出した。
「会長にこんな事を申し上げるのは、失礼だと重々承知の上ですが……、これからは、皆さんの意思を、きちんと尊重すると約束して頂けないでしょうか。」
丁寧に頭を下げる冴香の姿に、俺は素直に感動した。
天宮財閥の会長に、こんな事が言える奴なんてそういない。冴香は祖父さんに反論する時も、自分の事よりも、俺達の気持ちを気にかけてくれていた。今回はそれが裏目に出て祖父さんを説得出来なかったが、おそらくこの中の誰もが一度は思ったであろう事を、代弁してくれた冴香に胸のすく思いをしたのは、きっと俺だけじゃない筈だ。
祖父さんもすんなり受け入れて、今日の所はお開きとなった。冴香を連れて帰ろうとすると、祖父さんに呼び止められ、親父達と一緒に残される。
「冴香さんに一つお聞きしたいのだが……、冴香さんは、堀下家の人達に、復讐を望んでいるかな?」
俺が気になっていて、でも冴香に訊いていなかった事を、祖父さんは尋ねた。
冴香は堀下家の連中に、ずっと酷い目に遭わされてきた。俺もその一部は目の当たりにしている。だからもし、冴香が復讐を望むのであれば、手を貸しても良いと思っていた。
だが冴香は、望んでいないとはっきり口にした。堀下工業は放っておいてもいずれ倒産するだろうから、わざわざ手を汚す必要はないと。社長である父親よりも、余程しっかりと堀下工業の特徴と現状を把握している冴香に舌を巻く。
あれだけの酷い仕打ちを受けておきながら、放置するなど生温いと思ったが、冴香が望んでいないのであれば、俺も放っておく事にする。その代わり、冴香が望んだ従業員達の再就職先の斡旋は、俺も喜んで力になろう。
「……ところで、私からも冴香さんに質問があるのだけれど、良いかしら?」
それまで黙っていたお袋が突然口を挟んできて、何事かと皆の視線が集まる。
「先程、冴香さんの首筋に、ちらりと赤い痣が出来ているのが見えたんだけど……、まさかうちの馬鹿息子に付けられた、なんて事はないわよね?」
お袋の質問に、俺は一瞬で青ざめた。昨夜のアレに違いない。
「大河ァ!! まさか貴様、冴香さんに手を出したんじゃないだろうな!?」
「冴香さんの事は大事にしろと言っただろう!! ここまで節操がないとは思わなかったぞ、この馬鹿息子が!!」
祖父さんと親父に掴みかかられて怒声を浴びせられ、申し開きなど出来ない、と覚悟した時。
「違います! これは虫に刺されたんです。今は治まっているんですけど、朝方痒かったんですよ。」
何故か冴香が庇ってくれた。だけど虫に刺されたなんて、そんな見え透いた嘘、通じる訳が……。
「虫刺され……? 本当に?」
「虫刺されです。」
冴香がきっぱりと断言するものだから、祖父さんも親父も、渋々ながら手を離してくれた。
こいつのハッタリ、マジで凄い。
漸く祖父さん達から解放され、冴香と二人で帰路に就く。
「冴香、キスマーク、付けちまってごめん。庇ってくれて、ありがとうな。」
改めて助手席の冴香に、昨夜の侘びと、先程の礼を言う。
「気にしないでください。酔っ払いに付けられたキスマークなど、虫刺され同然ですから。」
冴香の言葉に、俺は落胆した。
酔っ払いに、虫刺され同然って。
だが反論する事も出来ず、黙り込んでいると、暫くして冴香が溜息をついた。
「……何だか、妙な事になってしまいましたね。私が結婚相手兼、天宮財閥の後継者を決めろ、だなんて……。」
荷が重い、とでも言いたげに冴香が憂鬱そうに呟く。
「……お前、やっぱり嫌か?」
「そりゃそうですよ! 天宮財閥の将来を左右しかねない、そんな責任重大な役割を押し付けられるなんて真っ平御免です。それに、そんな事で将来の相手を決められてしまうなんて、大河さん達だってお嫌でしょう? 特に大河さんは、天宮財閥の後継者として、今まで頑張って来られたのに、私の一言で後継者が変わってしまいかねないなんて、本当に納得出来なくて……。私は身の丈に合った、細々とした生活が出来ればそれで良いんです。天宮財閥の跡継ぎだなんて、私にはとても勤まりませんよ。」
「お前の気持ちは分からんでもないが、それだと祖父さんを説得する事は出来ないな。」
俺がそう口にすると、冴香は目を丸くして俺を見た。
「……それは、どうしてですか?」
「祖父さんは理詰めじゃないと納得しないんだよ。今日のお前の反論は、全部感情論、それもお前がどうしたいか、じゃなくて、俺達がどう思うか、という事が重点的だった。それじゃ祖父さんは説得出来ねえ。寧ろさっきみたいに俺達を無理にでも納得させて、外堀を埋めてくるんだよ。祖父さんを説得したかったら、祖父さんの主張の核になっている部分を論破すべきだ。今回の場合は、お前の幸せだな。お前がどういう人生を歩みたいのか、お前の幸せが何なのか。それが祖父さんが敷いた、優秀な人材を夫にして天宮財閥の後継者になる、というレールと著しく相反しない限り、祖父さんは納得しない。」
「……私の幸せ、ですか……?」
俺が冴香に説明してやると、冴香は暫く呆然としていた。
冴香の幸せが何か、を聞きたくて、暫く待っていたが、一向に口を開く気配がない。
もしかして、堀下の家を出る事に必死で、あまり考えた事がなかったのだろうか。それとも、冴香の幸せが祖父さんの思惑と被る部分があって、説得しづらいのだろうか。
……まさか、俺には言いたくない、なんて事はないよな?
「焦らなくても良い。祖父さんは手強いから、ゆっくり考えた方が得策だ。あの様子じゃ、どうせ半年は互いを良く知れの一点張りだろうからな。お前が祖父さんの敷いたレールがどうしても嫌だって言うんなら、俺も力になるから、ゆっくり対策を考えよう。」
「……はい。ありがとうございます。」
俺は味方だ、とアピールしながら様子を窺うと、冴香は礼を口にした。口元が僅かに緩み、少し気が軽くなったようで胸を撫で下ろす。
良し、冴香の意思は確認したから、次は従弟達だな。帰ったら早速電話して、意見を訊いてみるか。




