36.妙な事になりました
会長の発言に驚きのあまり二の句が継げないでいると、二階堂さんが部屋に入って来て、皆様お揃いです、と会長に告げた。
「そうか。では続きは客間でするとしよう。」
続き? 続きってあるのか? もう大体説明してもらったような……。
会長の台詞が衝撃的過ぎて、考えが纏まらない頭のまま、皆さんと一緒に部屋を出て移動する。
何処かの旅館の宴会場ですか、と言いたくなるような、だだっ広い床の間には、二組の家族と思われる人達が、これまた大きくて立派な座卓を囲んで席に着いていた。会長の隣の上座を勧められ、辞退しようとしたものの、再度勧められてしまったので、仕方なくその席に着く。
「今日皆に集まってもらったのは他でもない。妻の命の恩人で、大河の婚約者である堀下冴香さんを皆に紹介する為だ。」
「は、初めまして、堀下冴香と申しますっ。」
会長に視線を向けられ、私は慌てて座椅子から下りて平身低頭した。最初から命の恩人だなんて紹介は、仰々しいので止めて欲しかったと思いながら。
その後、会長に皆さんを紹介してもらった。まずは会長の次男で将大さんの弟の貴大さん。貴大さんは、大河さん達とは別の天宮系列の主要企業の社長を勤めていらっしゃるそうだ。そして、その奥様の麗子さん、お二人のご長男で社会人一年目の大樹さんと、ご長女で大学二年生の麗奈さん。
会長のご長女で末っ子の理奈さんも、これまた別会社の社長をお勤めで、旦那様の勇夫さんは同じ会社の専務だとか。お二人のお子さんの広大さんと雄大さんは、麗奈さんと同じ大学の三年生と二年生。
うん、とても一度に全員は覚えられそうにない。
「良い機会なので、皆に言っておく。」
皆さんの紹介を終えた会長がおもむろに口を開き、全員の注目が集まった。
「先程も伝えた通り、冴香さんは大河の婚約者だが、万が一、この婚約が破談となった場合、冴香さんを儂の養女にして、儂の眼鏡に適った相手と共に天宮財閥を継いでもらうので、心得ておくように。」
会長の宣言に、皆が一斉にざわついた。
ちょっと待て。会長ってば一度ならず二度までも何言ってくれてんですか。勝手に人の人生決めないでくださいよ。私はそんなご大層な人生、真っ平御免だってーの!!
「会長。すみませんが、勝手に決めないで頂けますか。」
慌てて会長に抗議すると、皆がギョッとして私を見た。
「天宮財閥を継ぐなどと言う大役、私には到底勤まるとは思えません。それにそのお眼鏡に適う方とやらも、私のような世間知らずの小娘が相手では不服でしょう。私は私の身の丈に合った、細々とした生活をしていければそれで良いので、そのようなご大層なお話はお断りさせて頂きます。」
会長の目を見ながらきっぱり断ったと言うのに、会長は何故か上機嫌で笑顔を見せた。
「やはり貴女は無欲なのだね、冴香さん。でも心配など要らないよ。天宮財閥には優秀な人材を取り揃えてあるから、天宮財閥を任せるに足り、公私共に立派に冴香さんを支えてくれるであろう人物には、大いに心当たりがある。まあ、その中でも、ここに居る私の孫達は、皆未来の天宮財閥の中枢を担う者達として、幼少の頃から厳しく育てているから、取り分け優秀でね。もし大河が駄目なら、まずは彼らから検討してみてはもらえないかな? この中の誰を選んでも、必ず貴女を幸せにしてくれる筈だよ。」
ニコニコと微笑みながら語る会長。駄目だ、話が通じていない。
「冴香さん、私はね、貴女には是非幸せになってもらいたいんだ。冴香さんは苦境の真っ只中でも、見返りを求めずに私の妻を助けてくれた、素晴らしい人格者だ。私が心底惚れ込んだそんな貴女に、不服を唱える者などこの場にはいないさ。今回はこの中で一番優秀で跡取り候補の筆頭である大河を、冴香さんとの相手に選んだが、もし冴香さんに不満があるのならば、この婚約を破棄し、改めて生涯の伴侶にしたいと思う者を指名してくれて構わない。貴女が誰を選ぼうと、私達は皆、貴女の意思を尊重する。」
会長のお言葉に、私は更に固まった。
何なんだこの超展開は。話が更に飛躍し過ぎていないか!? 生涯の伴侶を指名とか、何言ってくれちゃってんの!?
「会長は私を買い被り過ぎです! そもそも、私はお断りすると申し上げているんです! 部外者で、天宮財閥の事など何も知らない私の一意見で、後継者を、下手をすれば私との婚姻を勝手に決められてしまうなど、誰もが納得出来る訳が無いでしょう。それに、随分と皆さんの意向を把握しておられるようですが、本当にお孫さん達の意思を確認していらっしゃるんですか? 大河さんの事と言い、本人の意思に関係なく、都合良く人を扱っておられるような印象を受けるのですが。」
失礼な物言いだと自覚しつつ意見を述べたが、会長は一向に動じない。
「孫達は常に天宮財閥の事を考え、私の期待に応えてくれているよ。だから今回の事も、納得してくれていると信じている。まあ、もしも冴香さんの言う通り、納得出来ない者が居るのであれば、私に意見してくれて構わないと言っておこう。」
会長は笑顔を浮かべながら皆を見回す。でもその目は笑っていないように見えて何だか怖いし、何故か無言の圧力まで感じるんですが。
会長の雰囲気に気圧されたのか、それとも本当に全員が納得しているのか、発言をしようとする人はいなかった。あの大河さんでさえ、苦虫を噛み潰したような表情で会長を睨んではいるものの、黙り込んだままで、何かを言う気はないらしい。
「……それとも、冴香さんは私の孫達では不服かな? 彼らでは、貴女を幸せにする事は出来ないとでも?」
会長の目が笑っていない笑顔が、今度は私に向けられて思わず狼狽える。
「あ、いえ……不服も何も、私は大河さん以外のお孫さん達とお会いするのは今日が初めてですし、他の方々の人となりなど分かったものではないのですが。」
「そうだね。それなら孫達を知ってもらってからでも遅くはないだろう。期間は半年もあれば十分かな? その間に孫達と交流を深めてもらって、冴香さんの目から見て、誰が一番貴女に相応しいか、半年後に改めて教えてもらう事にしよう。皆もそれで良いな?」
会長は早くも纏めに入り、皆の無言を持って了承としてしまった。
ちょ、待ってって! 何でこんな理不尽な事を強要されて、誰も何も言わないの!? 貴方達は本当にそれで良いんですか!?




