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32.様子がおかしいです

31話、冴香視点です。

 「ふう……。」

 お風呂から上がった私は、冷蔵庫の中のミネラルウォーターを頂いて溜息をついた。


 今日は大河さんは飲み会で遅くなるらしい。先に寝ていろ、とは言われたものの、このままベッドの中に入った所で、寝付けそうな気がしなかった。


 大河さんはモテるから、きっと今頃、綺麗なお姉さん達に言い寄られているんだろうな。そのままその中の誰かと、何処かで泊まって来るんだろうか。……嫌だな……。

 そう思った私ははっとして、ブンブンと首を横に振った。


 私ったら何考えているんだろ。家に置いてもらう代わりに、大河さんの事には関知しない約束だったじゃない。それに、大河さんが私の事を好きになる訳がないし、私と大河さんとじゃどう頑張ったって釣り合わない。大河さんの事を想った所で、無駄以外の何物でもないんだってば!


 そう自分に言い聞かせつつ、部屋からカーディガンを取って来て羽織り、リビングのソファーに腰を下ろす。碌に見もしないテレビを点けて眺めつつ、大河さんの帰りを待った。

 ほら、大河さんが酔い潰れて帰って来るかも知れないし。その場合は大河さんをベッドに運んだり、送り届けてくれた人が居たらお礼を言ったり、戸締りしたりしなくちゃいけないし。終電の時間を過ぎても帰って来なかったら、大人しくベッドの中に入るので、決して大河さんの顔を見てから休みたい、とか言う訳じゃないからね。


 誰に対する訳でもない、そんな言い訳を並べる自分に虚しさを感じながら、テレビを眺めて時間を潰す。次第に脳裏には、別の事が過ぎっていった。数日前に大河さんから、明日天宮会長の家に一緒に行くと言われた事だ。


 以前大河さんは、私達の婚約と同棲は天宮会長が決めた事だと言っていた。堀下工業への資金援助と引き換えにもたらされた今回の出来事は、天宮財閥にとって一体どんなメリットがあるのか、ずっと不思議でならなかった。いくら堀下工業が独自の技術に長け、幾つか特許も持っているからとは言え、所詮下請けの中小企業。天宮財閥側からわざわざ縁を結ぶ程の必要性があるとは思えない。

 それに、お見合いの時の天宮社長は、会長の緊急入院にもかかわらず、まるでこちらの方が早急に纏めなければならない、重要案件であるかのような雰囲気を醸し出していた。大河さんは、自分の女癖の悪さを改めさせる為だろうとか言っていたけれど、普通それだけの為に、急に見ず知らずの小娘と婚約、同棲までさせるだろうか? その辺の謎も、明日になったら分かるのかな?


 ガチャリ、と玄関の扉が開く音がして、私の思考は引き戻された。大河さん、意外と早く帰って来たんだ。

 出迎えに行くと、小言を言われてしまったので、いつものように反論する。まさかさっき自分で並べていた言い訳が、こんな形で役に立つとは思わなかったよ。

 そんな最中、大河さんが急に手に持っていた鞄を取り落とした。


 「……俺が美女とお泊り、だって?」

 低くなった大河さんの声色に、私は息を呑んだ。


 あれ? 何か不味い事言った?

 何故か大河さんに睨まれて身が竦んだ。近付いて来る大河さんに思わず後退りしたものの、あっと言う間に壁際に追い込まれ、手を突かれて逃げられなくなった。


 「俺が名ばかりとは言え、お前と言う婚約者がいる身でありながら、平気で他の女と寝るような奴だって思ってんのか!?」

 「……違うんですか?」


 思わずそう尋ねると、大河さんは顔色を失った。

 え、いや、だって……。


 「私、最初に言いましたよね? 最低限の衣食住さえ保障して頂ければ、後は貴方が今まで通り、誰と何処で何をしていようと、私は一切関知しませんから、と。」


 そう、大河さんはこの婚約を嫌がっていた。だから私は、家に置いてさえもらえれば、大河さんの事には関知しないと申し出たのだ。私はあの家を出る為に。大河さんは私との婚約を隠れ蓑にして、女遊びを続ける為に。そういう約束だった筈。だから、いくら私が名ばかりの婚約者であろうとも、大河さんの女性関係に口出しをする権利なんて……無い。

 自分で言っていて自分で傷付いていれば世話はないな、と思っていると、大河さんが壁に突いていた手を下ろした。


 「大河さん……?」


 大河さんを見上げた私は、不安に駆られた。大河さんの様子がおかしい。顔色が悪いし、何だかぼうっとしているように見える。

 お酒の飲み過ぎ? それとも飲み会で何かあった?

 心配になって大河さんの顔を覗き込むと、急に大河さんに抱き締められ、首筋を吸われて痛みが走った。


 「大河さん!?」

 驚きのあまり声を上げると、大河さんはすぐに解放してくれた。


 「あ……悪い……。やっぱ酔っているみたいだ。風呂入って寝るから、お前も早く寝ろ。」

 大河さんはそう言うと、私に背を向けてしまった。


 「あ、はい……。お休みなさい。」

 混乱してしまった私は、すぐに自分の部屋に戻った。そしてその場にへたり込む。


 今のは一体、何だったんだろう? 大河さん、どうしちゃったのかな? 何で私を抱き締めたり、首に吸い付いてきたりしたんだろう?

 考えても分からない、という事だけはすぐに分かった。それに酔っ払いの言動など、一々真に受けていたって仕方がない。そんな事よりも、大河さんの様子が気になる。途中から顔色が真っ青で、最後は酷く落ち込んだ様子だった。本当に大丈夫なんだろうか?


 居ても立っても居られなくなって、恐る恐る様子を見に行くと、大河さんはまだ廊下に立ち尽くしていた。こちらを振り返った大河さんは、何だか苦しそうな顔をしている。辺りに立ち込めている暗くて重い雰囲気を、何とかする事は出来ないだろうか。


 「……大河さん、お風呂に入るのは良いですけど、湯船で眠り込んで溺死しないでくださいね。」

 少し迷って、そう声を掛けると。


 「なっ……するかァ!!」


 全力で怒鳴られ、私はすぐさま首を引っ込めた。

 うん、これだけ怒鳴る元気があるなら大丈夫だ。多分。

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