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30.きっと一生忘れません

 屋台で買い込んだプラスチックのパックを抱えた大河さんと私は、ほぼ満席になっている、簡易ベンチが並べられた飲食所に移動した。辛うじて見付けた空席に座り、お祭りの喧騒を見聞きしながら、お好み焼きを口に運ぶ。


 「ほら、取れたぞ、和歌子わかこ。」

 「わあ! ありがとう、海斗かいと君!! 凄く嬉しい!! 大切にするね!!」


 射的の景品をプレゼントされて、嬉しそうな笑顔を見せる可愛らしい女の子に、照れたように赤くなった顔を背ける男の子。高校生くらいのカップルかな? 見ていて微笑ましい。


 少し視線を移せば、掬った金魚の数を競い合っている小学生くらいの集団や、輪投げの一投毎に一喜一憂している親子連れ。心の中で応援しつつ、まだ熱々のお好み焼きに舌鼓を打つ。

 久し振りのお祭りの雰囲気を十二分に堪能していると、ちらちらと視線を送ってくる、浴衣姿の三人組の美女達に気が付いた。彼女達の視線の先には、私の隣に座る大河さん。

 あー、やっぱりモテますねー。


 「あのー、お一人ですかぁ?」

 三人組の一人が大河さんに話し掛けてきた。


 「良かったら、私達と一緒に回りません?」

 おお、初めて見た。これが世に言う逆ナンかぁ。


 妙な所で感心しつつ、咄嗟に他人の振りをしながら、大河さんの様子を横目で窺う。私は大河さんの女性関係には関知しない約束だから、彼女達の誘いを受けようと受けまいと、それは大河さんの自由だ。

 ……だけど正直、今は受けて欲しくはなかった。大河さんが居なくなってしまったら、折角のお祭りも、楽しさが半減……いや、無くなってしまう気がする。


 「断る。」


 一瞬、誰の声かと思った。

 低く、ドスの利いた声を出して、美女達を睨み付ける大河さん。いつもとはまるで違う、凍て付くような威圧感を発している大河さんに驚いていると、いきなり肩を抱き寄せられた。


 「連れが居るんだから邪魔しないでくれ。」

 「「ええ!?」」


 危うく、お好み焼きを喉に詰まらせる所だった。何するんですか大河さん。

 軽く咳き込みつつも、何とか飲み下して顔を上げると、大河さんに更に鋭く睨み付けられたお姉様方が、そそくさと退散して行く後ろ姿が見えた。


 うわ、良いの? 勿体ない。

 そう思いつつも、大河さんが美人のお姉様方よりも、私を優先してくれた事が凄く嬉しかった。顔が、身体が、どんどん熱くなっていく。

 あの、大河さん、そろそろ肩、離してもらっても良いですかね?


 「ったく……。連れが居るかどうかの判断も出来ねーのかよ。」


 さり気なく手を外してくれた大河さんが愚痴っているが、私は無理もないと思う。だって目も覚めるようなイケメンの大河さんと、可愛くも美人でも無い私が並んで座っていた所で、どう考えても珍妙な組み合わせだろう。しかもベンチは満席近く、他の人達のグループも正確には判別しづらいのだから、尚更だ。寧ろこの状況で、私達が連れだと認識出来る人が居たら、逆に凄いとすら思う。


 「冴香、手が止まっているぞ。まさかもう腹一杯だなんて言うんじゃないだろうな?」

 大河さんに指摘されて、私は食事を再開する。


 「まだ大丈夫です。大河さんのモテっぷりに感心していただけですから。」

 肩を抱かれた動揺で手が止まっていた事に気付かれたくなくて、出来るだけ素っ気なく返答した。


 女性経験が豊富な大河さんにとって、肩を抱く事なんて、深い意味など無いに違いない。男性に免疫がない私が、一々意識したって仕方がないのだ。うん、気にするな、私。


 「お前な、他人事みたいに言うなよ。しかもしれっと他人の振りしやがって。……それとも、少しは妬いたのか?」

 「え?」


 妬いた? 私が?

 そんな訳ないだろう。私と大河さんじゃ、釣り合わない事なんて、最初から分かり切っているのだから。

 そう反論しようとして顔を上げたら、大河さんは思いの外、真面目な顔付きで私を見つめていて、喉元まで出掛かっていた言葉はそこで止まってしまった。


 「って、そんな訳ないか。あ、それよりも、これお前の分だからな。」


 少しばかりの沈黙の後、すぐに苦笑を浮かべた大河さんに、六個入りのたこ焼きのうち、残り三個が入ったプラスチックのパックを押し付けられた。すぐに頭の切り替えが出来なくて、私は目を瞬かせる。


 「……私、お好み焼きだけで十分だって言いましたよね?」

 「お前はもっと食わなきゃ駄目だって、いつも言っているだろうが。」


 大河さんにじろりと睨まれ、私は諦めてたこ焼きに手を伸ばした。こういう場合、大河さんは絶対に譲ってくれない事はもう薄々分かっている。たこ焼きはまだ熱々で、舌を火傷しそうになりながら何とか咀嚼して飲み込んだ。


 「後これもな。あ、オムそばも美味いから食ってみろ。」


 大河さんによって、まだたこ焼きが二個残っているパックに、焼き鳥一串とオムそば一切れが追加されてしまった。

 むむ、そっちがそう来るのなら。


 「大河さん、お好み焼きも美味しいですよ。良かったらどうぞ。」

 追加分を受け取る代わりに、残りのお好み焼きを大河さんに押し付けてやる。


 「ん、これも美味いな。」

 大河さんはお好み焼きを一口だけ食べて、残りは返してきた。


 「返却は不要です。私もうお腹一杯ですから。」

 「それだけでもう一杯かよ! 良いから食えって。もしどうしても駄目なら俺が食ってやるから。」

 「どうしても駄目です。」

 「諦めるの早過ぎだろうが!」


 大河さんに突っ込まれつつ、追加分のたこ焼きと焼き鳥とオムそばは何とか胃袋に収めた。その代わりに残りのお好み焼きは大河さんに食べてもらった。


 「ご馳走様でした……。大河さんのお蔭でお腹が一杯で苦しいです。」

 ちょっと……いや大分無理をしたので、少しだけ嫌味を込めつつ大河さんにお礼を言うと。


 「じゃあ、腹ごなしに何処かで遊んでいくか?」


 立ち上がった大河さんに手を引かれ、再び屋台を巡り出す。何かやりたい物はないか、と大河さんが訊いてくれるが、こういう所であまり遊んだ経験が無く、やるよりも見る専だった私は、何をしたら良いか分からないわ、屋台が沢山あって目移りするわ、おまけに私の意識はどうしても繋がれた手の方に行ってしまうわで、戸惑ってばかりでちっとも考えが纏まらない。

 うん、大河さんにとって、手を繋ぐ事なんて、深い意味がある訳無いって、ちゃんと分かっているんだけどね。


 ……それにしても、これって、傍から見たらデートなんじゃなかろうか?

 頭に浮かんだ考えは、すぐに自分で打ち消した。


 いや、まさかね。大河さんには絶対にそんな気なんてないだろうし。それにやっぱり、小柄で幼児体型な私と、背が高い大人の男性の大河さんとじゃ、どう考えたって釣り合わない。恋人と言うよりも、精々兄妹と言った所だろう。

 ……でも、もしも。もしも、将来彼氏が出来て、デートするような機会があるとするならば……、それはやっぱり、こんな感じなんだろうか?

 私を好きになってくれる人がいるなんて、想像も出来ないけれど、そんな事をぼんやりと考えていたら、何時の間にか神社の出口に辿り着いてしまっていた。

 しまった、折角大河さんが誘ってくれたのに、屋台全部素通りしちゃった。


 「やりたい物なかったか? なら、そろそろ帰るか?」


 折角なのでもう一度戻らせてもらおうかとも思ったが、当てもないのに大河さんを付き合わせるのも悪いので、少しばかり後ろ髪を引かれつつも頷いた。大河さんと並んで、ジュエルまで自転車を取りに帰る。

 屋台で買い食いしただけだったけど、今日は凄く楽しかった。お祭りも本当に久し振りで、改めてあの家から解放されたのだという実感が湧いてくる。きっと今日の事は、私は一生忘れないだろう。


 「あの、大河さん。今日は誘ってくださって、ありがとうございました。凄く楽しかったです。」

 改めて大河さんに向き直って、深々と頭を下げると。


 「そっか。なら良かった。俺の方こそ、付き合ってもらってありがとうな。一人よりも楽しめたし。」

 そう言って、満面の笑みを返してきた大河さんに、不覚にもときめいてしまった。


 し、しっかりしろ私! 私なんかじゃ大河さんと釣り合う訳ないんだから、うっかり好きになっちゃ駄目なんだってば!

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