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3.こんな家にはもう絶対に帰りません

注:暴力表現あります。

 引っ越し当日。


 「フン。これであんたのムカつく顔を見なくて済むと思うと、せいせいするわね。」


 私が作った朝食を口に運びながら、異母姉が隣で給仕する私を横目で睨み付けてきた。私は父がいる時以外は食卓を共にする事は許されず、継母と異母姉が食べ終わるまでメイドのように控えて待ち、その後台所の隅で一人食事を済ませるのが常だ。

 それはこちらの台詞だ! と言いたくなるのを抑えて頭を垂れる。


 「……長い間、大変お世話になり、ありがとうございました。」


 お世話したのはこちらだけどね!

 でも形だけでも言っておかないと、機嫌を損ねて蹴りが飛んで来るのだ。最後まで気を抜く事は出来ない。今日でこの生活も終わるのだから、後数時間だけの辛抱だ、と自分に言い聞かせる。


 「……まさかとは思うけど、貴女天宮の御曹司に気に入られて、愛されて幸せになれるなどと、身の程知らずな思い上がりなんてしていないでしょうね?」


 食事を終えた継母がギロリと私を睨み付けてきた。継母の言葉を受けた異母姉の冷たい視線も横から突き刺さってくる。

 これはやばいかも知れない、と背筋がスーッと冷えていく。継母の目は難癖を付ける時の目だ。


 「滅相もない。私如きが天宮財閥の御曹司と釣り合うなどと思ってもいません。この度のご縁に関しましては、堀下工業と天宮財閥の提携を強める以外に他意はないものと理解しています。」

 「それなら良いわ。そうよねえ、いくら何でも、あんたみたいなみすぼらしい女と、天下の天宮財閥の御曹司が釣り合わない事くらい、どんな馬鹿でも分かるわよねえ。」


 継母が嫌味をたっぷり含んだ笑みを浮かべる。と、それを合図にしたかのように、食事を終えた異母姉がゆらりと立ち上がると、いきなり私の鳩尾に膝蹴りを入れた。


 「ぐっ……!」


 はずみで私は床に倒れ、腰を強かに打ち付けた。すぐには起き上がれず、痛みを堪えていると、不敵な笑みを浮かべた異母姉にこめかみを踏ん付けられた。


 「せいぜい身の程を弁える事ね。あんたなんか所詮形だけの婚約者よ。大河さんもあんたなんかには目もくれず、今まで通り他の女の人と遊びまくるに決まっているんだから。あんたなんかが、誰かに愛される事なんて、金輪際、有り得ないの、よっ!」


 最後の方の台詞はお腹に蹴りを入れられながら吐き捨てられ、私は丸くなって腕でガードし、異母姉の攻撃に耐える。

 くそ、今日が最後だから何かしらしてくるだろうとは思っていたけど、朝っぱらからは流石に勘弁して欲しかったよ!


 「……そうだ。ねえママ、この女もう売却済みなんだし、今後調子に乗る事がないように、ちょっとくらい傷を付けておいてあげても良いんじゃないかな?」

 異母姉が継母を振り返ってニタリと悪意のある笑みを浮かべ、私は顔色を失った。


 日常的に行われる二人の暴力行為だが、暗黙のルールは存在する。父を含む他の人に虐待しているとばれないように、攻撃を加える部位は服で隠れる場所である事。愛人の娘に治療費など出したくないので、病院に行かせる必要がない程度には手加減する事。そして、何時か売る事があるかも知れないので、跡が残るような傷は付けない事、だ。私の売却先が決定した今、最後のルールはもう守る必要がない、と異母姉は言いたいのだ。


 「そうねえ。良いんじゃないかしら。今後思い上がる事がないように……ね。」


 異母姉とそっくりの邪悪な笑みを浮かべて立ち上がった継母を見て、私は身体の痛みも忘れて跳ね起き、脱兎の如く駆け出した。


 「なっ……待ちなさい!!」


 二人の慌てた声を後方に聞きながら、私はひたすら玄関を目指す。ここ数年、私は二人からの暴力を受け入れるのみで、逃亡や抵抗といった手段を全く取って来なかったから、不意を突く事は容易かった。何故今までそのような手段を取らなかったかと言うと、暴力がより酷くなる事が経験上分かっていたからである。何もせず受け入れて耐えた方が、結局は被害を最小限に抑えられたのだ。

 だけど今日は違う。十時に天宮財閥からの迎えが来る事になっている。それまでの後二時間弱の間逃げ切る事が出来れば、これ以上の暴力を振るわれなくて済む!


 靴も履かずに外に飛び出した私は、人の多い最寄り駅を目指して走った。ちらりと後方を振り返ると、鬼のような形相をした二人が門扉の所で佇んでいるのが見えた。どうやら出勤で人通りが多い時間帯なので、追うのは諦めてくれたらしい。

 胸を撫で下ろした私は、駅前の公園で時間を潰し、十時ピッタリに家に帰った。家の前に迎えの車が止まっている事を確認して、そっと裏口から家の中に入り、昨日のうちに準備しておいた荷物を取りに自分の部屋へと向かう。


 家を出る時に継母と異母姉から忌々しげに睨み付けられたが、既に迎えの人を待たせている現状となっては、もう手出しをするつもりはないようだった。運転手さんと挨拶を交わして車に乗り込み、後部座席のシートに身を深く沈めた私は、漸く人心地が付いてそっと溜息を吐き出す。


 こんな家、もう絶対に二度と戻って来るもんか!!

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