29.一緒にお祭りに行きました
カランカラン、と来客を告げるドアチャイムの音が鳴り、笑顔を作って挨拶をしながら振り向いた私は、入って来たお客様が大河さんだと気付いて目を丸くした。そう言えば、大河さんも時々ここを利用するって言っていたっけ。
少し驚いたけれど、すぐに平常心に戻って大河さんに席を勧めた。大河さんはカウンター席に座って、マスターと親し気に話をしている。テーブル席のお客様に給仕し、キッチンで洗い物を終えると、丁度午後六時になっていた。カウンター内のマスターと、キッチンでお皿にケーキを盛り付けていた翠さんに挨拶をして、着ていたエプロンを脱いで翠さんにお渡しする。
さあ、夕飯の買い物に行かなきゃ、と思いながらお店の裏口から出ると、自転車の横に大河さんが立っていて、私は再び驚かされた。
え、ついさっきまでお店の中でマスターとお話しされていませんでしたっけ? 一体何時の間に?
「大河さん、どうかされたんですか?」
思わず疑問が口を衝いて出ると。
「今日、神社で祭りをやっているんだ。折角だし屋台で買い食いするのも悪くないと思ってな。お前も一緒にどうだ?」
一瞬、言われた事が理解出来なかった。誰かから、一緒に、と誘われる事など、久し振りだったから。
お祭り? 屋台で買い食い? わあ、楽しそう!
ここの所、ずっとお祭り等とは縁がなかったので、誘ってくれた大河さんに感謝しつつ、ご一緒させてもらう事にした。
自転車は後でジュエルに取りに戻る事にして、大河さんと一緒に歩いて神社へと向かう。賑やかな売り子の掛け声に、鼻をくすぐる良い匂い、浴衣姿の人々や、目移りする楽しげな屋台に、私の気分も高揚していく。
「わぁ……色々なお店がありますね。」
周囲を見回しながらも、私は大河さんの後を小走りで追い掛ける。小柄な私と背の高い大河さんとでは、足の長さが全然違うものだから、大河さんの歩く速さに付いて行こうと思うと、普段でさえ早足になるのだ。しかも境内には人が多いものだから、身動きが取れないとまではいかないが、人の流れに足を止められると、すぐに距離が開いて逸れそうになってしまう。
もう少しゆっくり見たいな、なんて思いながら進んでいると、大河さんが振り返って立ち止まってくれた。
「……お前、歩くの遅いな。」
「大河さんが速過ぎるんですよ。」
「は? 周り見ながらだから、かなりゆっくり歩いてるっての。ったく、世話の焼ける奴だな。」
「!?」
大河さんはぶつくさ言いながら、私の手を取ってゆっくりと歩き出した。
うん、これくらいの速度なら楽に付いて行けるし、逸れる心配もない……けど!
屋台を見るどころか、意識がどうしても手に行ってしまう。温かくて大きくて少し硬い手の感触に、頬が熱くなってきた。ちらりと大河さんを見上げると、何事もないかのように屋台を見回している。
まあ……そうだよね。大河さんにとっては異性と手を繋ぐ事なんて、どうって事ないんだろうな。ましてや大河さんにとっては、私なんてアウトオブ眼中の筈。手を繋ぐと言っても、逸れないように、以外の意味なんてこれっぽっちもない訳なので、私だけ変に意識したって、馬鹿を見るだけだ。うん。そんな事よりも、久し振りのお祭りを楽しまないと勿体ない。
自分に言い聞かせて、繋がれた手から極力意識を逸らす。暫く見物しながら歩き、何処にどんなお店が出ているかが大体分かってきた所で、大河さんが私を振り向いた。
「冴香、お前何食べる?」
大河さんに訊かれて、私は戸惑った。チョコバナナ、いか焼き、りんご飴、色々なお店が並んでいて迷ってしまう。どうしよう、何でも良いんだけれどな。
「私は何でも良いですよ。大河さんは、何を召し上がるんですか?」
「俺は後で適当に決める。まずはお前が好きな物を選べよ。言っておくけど、遠慮はしなくて良いからな。」
何故か大河さんに軽く睨まれた。
「じゃあ……お好み焼き、良いですか?」
丁度焼けたばかりのお好み焼きが目に付いたのでそれを選ぶと、大河さんはすぐに買ってくれた。
「他には?」
「え?」
「え、じゃねえよ。他にも色々あるんだから、食いたい物全部言ってみろ。」
「いや、お好み焼きだけで十分です。これだけでお腹膨れそうですし。」
「それだけかよ!? いつも言ってるだろうが、お前はもっと食えって!」
大河さんは呆れたような表情を浮かべて、たこ焼きだのオムそばだの、色々買い始めた。
……あの、結構量多くないですか?
「……大河さん、それ全部お一人で召し上がるんですか?」
積み上がったプラスチックのパックを見ながら尋ねると。
「お前も食うんだよ!」
大河さんに怒鳴られた。
え、私お好み焼きだけで十分なんですけど。勝手に人の胃袋、当てにしないでもらえませんか。




