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【コミカライズ開始】ひねくれた私と残念な俺様  作者: 合澤知里
本編

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28.アルバイトとあいつ

大河視点です。

 「じゃあ大河さん、私はアルバイトに行ってきます。お昼は冷蔵庫の中の物を適当に温めて召し上がってください。」

 「ああ、分かった。」


 週末、冴香がバイトに出かけると、俺は久し振りに家で時間を持て余した。いつも週末は溜まった家事に追われて四苦八苦していたが、今では冴香がしてくれているのでそれも必要ない。さて、何をしようか。

 撮り溜めていたビデオを見たり、読書をしたり、ジムに行って体を動かしたり。休日をゆっくり過ごせると言うのはやっぱり良いものだ、と改めて実感する。


 充実した気分でジムから車で帰る途中、近所の神社でお祭りをしている事に気付いた。色々な屋台が出ており、大勢の人で賑わっている。横目に見ながら通り過ぎる時、色とりどりの浴衣を着た、冴香と同じ年頃の少女達が鳥居をくぐって行くのが見えた。


 そう言えば、あいつはお祭りに行った事があるんだろうか? いや、少なくとも堀下家に引き取られてからは、そんな娯楽とは無縁だったんじゃないか?


 そんな考えが頭を過ると、どうにも冴香を祭りに連れて行ってやりたくなった。折角だから、夕飯を屋台で買い食いするのも悪くない。時計を見ると午後五時を過ぎた所だった。バイトは六時で終わる筈だし、今から家に帰って車を置いて、歩いてジュエルに向かおうか。久々にマスターのコーヒーも飲みたいしな。


 我ながら良い案のように思えて、車を置いてジュエルに向かう。店の扉を開けると、カランカラン、と心地良い木製のドアチャイムの音がして、いらっしゃい! とマスターの声が掛かった。


 「いらっしゃいませ! ……って、大河さん?」


 予想外に明るい声と、まだほんの少しだけぎこちない営業スマイルを浮かべた冴香に出迎えられ、思わず目を見張った途端、冴香は目を丸くして折角の笑顔を消してしまった。


 「やあ、天宮さん。久し振りですね。冴香ちゃんとはお知り合いで?」

 「ああ、まあ。」

 「知り合ったのは最近なんですけどね。大河さん、空いているお好きなお席へどうぞ。」


 いつもの調子に戻った冴香に促され、ここに来た時の定位置になりつつあるカウンター席の最奥の椅子に座ると、冴香がすかさず水とおしぼりを持って来てくれた。マスターにいつものですか、と訊かれ、俺は頷く。


 「そう言えばマスター、娘さんおめでたなんだって?」

 「そうなんですよ。流石天宮さん、耳が早いですね。」

 マスターは嬉しそうに、顔を殊更緩ませた。


 「何せ初めてって事もあって、大事を取って今は下がらせているんです。それで、代わりに冴香ちゃんに入ってもらう事にしたんですよ。覚えが早くて、良く働いてくれて、本当、大助かりですよ。」


 マスターの視線につられて冴香に目を遣ると、テーブル席に座る年配の夫婦と思われる男女に、丁度給仕をしている所だった。


 「お待たせ致しました。エスプレッソとカフェオレ、チーズケーキとチョコレートケーキでございます。」


 口調は落ち着いていて至って滑らか、カップや皿を置く動作も流れるようで、迷いも無駄も一切ない。一見緊張しているような少しだけぎこちない笑顔とは裏腹に、ごゆっくりどうぞ、と一礼して去るまで、冴香の言動には品があり、何処か優雅さすら感じられた。街角の小さなカフェであるにもかかわらず、一流ホテルのホールスタッフを想起させる程で、とても数日前に働き出したばかりの新人だとは思えない。


 「お蔭はこっちは楽をさせてもらえるものだから、その分またお腹が出てきちゃいましてね。」

 ブレンドコーヒーを出してくれたマスターは、ポン、と良い音を立てて、突き出たお腹を叩きながら笑った。


 「前とそんなに変わっていないように見えるけどな。でもマスターも少しは運動した方が良いよ。」


 俺も笑いながらコーヒーに口を付けた。相変わらずここのコーヒーは香りが良くて美味い。マスターとの他愛無い雑談を楽しみながらゆっくりコーヒーを飲んでいると、冴香がカウンターの奥から出て来た。


 「ではマスター、お先に失礼します。」

 「ああ、今日もありがとう。お疲れ様。」


 冴香は再びカウンターの奥に姿を消し、俺は立ち上がって会計を済ませた。店の裏口に停めてある冴香の自転車の横で待っていると、程無くして冴香が裏口から姿を現し、俺を見て目を丸くする。


 「大河さん、どうかされたんですか?」

 「今日、神社で祭りをやっているんだ。折角だし屋台で買い食いするのも悪くないと思ってな。お前も一緒にどうだ?」


 俺が誘うと、冴香は最初、きょとんとした顔をしていたが、やがて嬉しそうに顔を綻ばせた。

 「はい。ご一緒します!」


 先程の営業スマイルとは違う自然な笑顔に、俺は思わず見入っていた。ここ数日のアルバイトの成果なのか、冴香の表情が少しずつ豊かになってきている。冴香に接客業は向いていないのではないかと思っていたが、案外正解だったのかも知れないと、俺も口元を緩ませた。

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