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25.やらかしてしまいました

 大河さんの腕の中で一頻り泣いた私は、漸く落ち着いてきて、大河さんの胸から顔を離した。


 「……すみません。やっぱりシャツ、濡れちゃいました。」

 「良いって、気にすんな。そんな事より、もう落ち着いたのか?」

 頭を撫でながら、大河さんは優しく尋ねてくれた。


 「はい。もう大丈夫です。ありがとうございました。」


 指で涙を拭って見上げると、大河さんは気遣わしげな表情で私を見下ろしていた。あまりにも距離が近過ぎる事に気付いて、咄嗟に一歩後ろに下がってしまうと、頭と背中に回されていた大河さんの腕がそっと離れて行った。優しくて力強い腕の温もりが去って行ってしまった事に、一抹の寂しさを感じる。だけど。


 「ケ、ケーキ、食べましょうか。」

 心配そうに私を見つめてくる大河さんに、慌てて背を向けてしまった。


 急に泣き出してしまって、驚かせてしまっただろうし、大河さんの迷惑も考えずに、子供のように思い切り泣いてしまったし、きっと今、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている上に赤面しているであろう顔も見られてしまって、恥ずかしいったらありゃしない!

 やらかしてしまった、私。と、ケーキをお皿に移しながら自己嫌悪に陥る。


 大河さんと向かい合ってケーキを食べた。今更ではあるが、恐らくみっともなくなっているであろう顔をあまり見られたくなくて、ずっと下を向いて、自分が食べているモンブランだけを見つめていた。久し振りのモンブランは、やっぱり甘くて、栗の味がふわりと口の中一杯に広がって、大河さんの気遣いのように優しい味がして、とても美味しかった。


 「……さっきはいきなり泣き出してしまって、すみませんでした。ケーキを……特にモンブランを食べるのは、久し振りなので、嬉しくて。モンブランは、母との思い出が詰まったケーキでもあるので、何だか涙が止まらなくなってしまいました。驚かせてしまいましたよね。すみません。」

 失礼だよね、と思いながらも、やっぱり顔を上げられなくて、下を向いたまま大河さんに謝る。


 「……そうか。じゃあこれからは毎日、ケーキを買って帰って来てやるよ。」


 ん? 何故そうなる!?

 驚きのあまり、自分の顔の状態も忘れて思わず大河さんの方を見ると、大河さんは私を見つめて優しく微笑んでいた。


 「お前、ケーキ好きなんだろ? なら、これからは思う存分、好きなだけ食べれば良い。もうお前が色々な事を我慢する必要なんてないし、好きな事、したい事を思う存分すれば良いさ。」

 「……じゃあ、今朝お話しさせて頂いた、アルバイトもしても良いと?」


 そう尋ねると、大河さんは一瞬言葉に詰まったように見えたけれど。


 「ああ。お前の好きにすれば良い。」


 大河さんの言葉に、私は目を輝かせた。

 やった! これでお金を貯められる!


 「ありがとうございます! あ、でも毎晩のケーキは遠慮します。毎日食べられるようになってしまったら、有難みが薄れますし、そんな贅沢に慣れてしまったら、きっと後で困る羽目になりますので。」


 ケーキの件は謹んで遠慮すると、大河さんの眉が不快げに顰められた。


 「何でだよ。変に遠慮すんな。もうお前は自由なんだから、好きなだけ食えば良いだろうが。」

 「今はまだ左程気にする必要はないと思いますが、毎晩ケーキを食べられる環境に慣れて、それを続けていってしまうと、最終的にぽっちゃり体型になってしまうであろう事は容易に想像出来ますので。」

 「良いじゃねえか。寧ろ今のお前には必要だろうが。骨と皮だけの体型なんだから、少しは太って肉を付けろ。」

 「肉を付けるにしても、ちゃんと体を鍛えながらとか、もう少し健康的な方法で付けたいですね。ケーキばかりだと、下手をすればメタボ一直線ですよ。ついでに言わせて頂きますと、女性の体型に口出しするのは、下手をすればセクハラ扱いされかねないので、あまり宜しくないかと思われますが。」

 「こっちは心配して言ってやっているんだよ! お前本当に可愛くねーな。」

 「お気持ちは有り難いですが、余計なお世話です。そして可愛くないのは自覚済みです。」

 「開き直ってんじゃねーよ!」


 うん、軽口を叩ける程度には、いつもの調子が戻ってきた。モンブランをご馳走して貰えて本当に嬉しかったから、これ以上はスルーしておくか。


 ケーキを食べ終えて後片付けをしていると、そう言えば、と大河さんから声を掛けられた。


 「バイトの件だけど、俺の会社で営業のパートでも入れようかって話になりつつある。仕事内容は、商品のサンプル作りだとか、簡単なデータ入力だとかがメインになるだろうが、お前、興味あるか?」


 うん、とても有り難いお話だけど。


 「ごめんなさい。全力でお断りさせて頂きます。」

 即答させてもらった。


 だってさ、今朝の一件で、私は確実に女性社員の方々に目を付けられてしまったと思うのだよ。下手に大河さんのコネでパートとして働いてみろ。きっと大いに反感を買って、嫌がらせされる日々が待ち受けていると思うんだよね。天宮財閥の主要企業なのだから、きっとパートの待遇も良いんだろうし、美味しそうな働き口を一つ失ってしまうのは痛いけれど、君子危うきに近寄らず、ってやつだよ、全く。あー惜しい事をした。

 こうなってしまったのは、空気を読まない大河さんと敬吾さんのせいなんだからね。……まあ、私が地下鉄の出口を間違えなかったら、もっと早く着いて二人に出くわす事もなく、また違う結果になっていたかも知れないけどさ。

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