24.素直じゃないあいつ
23話、大河視点です。
帰宅途中に信号待ちをしていると、少し先にあるケーキショップが目に入った。
そう言えば女は甘い物が好きだよな。冴香も好きなんだろうか。今日の礼にケーキを買って帰ってやったら、あいつ、喜ぶかな。
殆ど表情を見せない冴香が喜ぶ所は想像出来なかったが、自分の考えに満更でもない気になった俺は、ケーキショップに寄る事にした。駐車場に車を止め、店内に入ってショーウインドーを覗く。閉店間際という事もあって、置いてあるケーキは種類も数も少なかったが、俺はその中から適当に二個選んだ。
家に帰り、出迎えに来た冴香に今日の礼を言ってケーキの箱を渡す。どんな反応をするかな、と俺は内心楽しみにしていたが、冴香の反応は予想以上に鈍かった。
「……これ、私に、ですか?」
驚いたように目を見開き、ケーキの箱を見つめてから、ゆっくりと顔を上げた冴香。あまりの反応の悪さに、困っているのかと思って焦ったが、嫌いか、と尋ねると勢い良く首を振って受け取ったのでほっとした。
受け取ってからも、冴香はケーキの箱をじっと見つめるだけ。どうした、と声を掛けると、例によって、何でもありません、と返された。何でもない訳はないと思うが、こいつはいつも話してくれない。表情も乏しいから、何を思っているのか推測すらも出来ない。冴香との間に壁があるようでもどかしい。この先ずっと、こいつはこんな調子で俺に心を開いてくれないんだろうか。キッチンに戻る冴香の後ろ姿を見ながら、俺は無意識のうちに溜息をついていた。
期待していたような反応は見られなかったものの、夕食の間中、冴香は何処かそわそわしていた。ちらちらと冷蔵庫の方に視線を送っているし、良く見れば嬉しそうな表情をしている気がしなくもない。
……これって、もしかして喜んでいるのか?
その仮説を裏付けるかのように、食事を終えた冴香はすぐに冷蔵庫からケーキの箱を取り出した。
「大河さん、有り難く頂きます。大河さんも召し上がりますか?」
冴香の声はいつもより弾んでいた。
やっぱり喜んでいたんじゃねえか! 分かりにくい奴だな!
だがそうと分かった途端、俺は口元が緩んでいくのを感じた。別に俺は食べたかった訳ではないが、偶には良いだろう。冴香と一緒に食べるのも悪くない。
「そうだな。俺も食うか。冴香、二個入っているから、好きな方取って良いぞ。」
冴香に選択権を与えれば、冴香はまた少し嬉しそうな表情になった。折角だからとコーヒーまで淹れてくれる。いそいそとケーキの箱を開ける冴香を、俺は微笑ましく思いながら見守っていた。
「モンブランだ……!」
箱を開けてすぐに、冴香は目を輝かせた。
こいつ、モンブランが好きなのか? 適当に選んだけど、好みに合って良かった。
じっと中身を見つめる冴香に口角を上げていると、不意に冴香の目から涙が零れて、俺は焦った。
「おい、冴香? どうした!?」
冴香は一瞬、何の事か分からない、とでも言うように俺の方を見た。それから自分の頬を撫で、漸く涙を流している事に気付いたようだった。
「すみません、すぐ止まりますから、気にしないでください。」
あまりにも平然とした冴香の態度に、最初は目にゴミでも入ったのかと思ったくらいだった。だが冴香が目元をいくら拭っても、涙が止まる気配がない。次第に表情が歪んできた冴香に、漸く俺は、こいつが泣いているんだと気が付いた。
何だよ。すぐ止まるとか言いやがって。泣きたいなら泣けば良いだろ!
俺は思わず冴香を引き寄せて抱き締めた。
もう色々な事を我慢する必要なんてねえんだよ、冴香。何時までも自分の殻に閉じ籠ってないで、ちょっとは俺にも感情を見せろよ。
「冴香、泣きたいなら泣けよ。胸くらい貸してやるから。」
冴香の頭を撫でながら、そう口にすれば。
「……高そうなシャツなのに、濡れちゃいますよ。鼻水も付いちゃうかも知れないんですけど。」
こんな時にまで減らず口かよ!! 本当に素直じゃねえなこいつは!
「んな事一々気にすんな。こんな時にまでつべこべ言ってないで、良いから素直に泣きやがれ。」
俺の言葉に、漸く冴香は感情を見せた。俺の胸に縋り付き、声を上げて大粒の涙を流し始める。やっと、こいつの仮面が外れて素顔が見れた。そんな風に思えた。
好きなだけ泣けよ、冴香。誰も何にも言わねえから。
冴香の背をゆっくりと擦りながら、俺は抱き締める腕にそっと力を込めた。




