19.気になるあいつ
17~18話、大河視点です。
そそくさと自分の部屋に逃げた冴香に舌打ちしながら、俺はソファーに戻ってテレビを点けた。
あいつ、マジで俺の弱点を敬吾に訊くつもりなんだろうか。くそ、本当に可愛くねえ。
内心苛立っていたが、そうカリカリしていても仕方がない。取り敢えず風呂でも沸かして入ろうと準備をし、ソファーに戻って腰を下ろすと、部屋から冴香が出て来た。その顔を見て、俺はギョッとした。表情が乏しいながらも、さっきまでは楽しそうにしてたって言うのに、今はどんよりとした暗い目をしている。部屋に籠っている間に、一体何があったってんだよ?
「どうした? 暗い顔して。何かあったのか?」
俺は思わず立ち上がって冴香に歩み寄ったが、冴香は戸惑ったように動かないでいる。
「どうしたんだよ。言ってみろ。何なら力になってやるぞ。」
冴香の肩に手を掛け、顔を覗き込む。
俺なら大抵の事は何とかしてやれる。そう思ったのに。
「な……何でもありません!」
肩に掛けた手を振り払われ、冴香は再び部屋に駆け戻って勢い良く扉を閉めた。俺はその後ろ姿を呆然と見ているしかなかった。
拒否された? 何で? 何でもありません……って、そんな訳ないだろう!? あんなに暗い目をしておいて! なのに拒否? 俺じゃ役に立たねえってのか!?
冴香に断られた事が、思った以上にショックだった。
確かに俺達は、まだ出会って日が浅い。だけど、勝手に決められたとは言え、婚約者同士なのだから、少しは俺を頼って欲しかった。だが俺から無理に訊く訳にはいかない。あいつの過去は、気軽に踏み込んで良いものじゃないだろうから。今更ながら、俺とあいつの間にある、見えない壁の存在に気付かされる。
どれくらいその場に立ち尽くしていたのか分からない。気が付くと、機械音声が風呂が沸いた事を告げていた。
風呂に入っている間も、冴香の事が気になって仕方がなかった。
あいつは今まで沢山傷付いてきた。家にも、学校にも、味方なんて一人も居なかったんだろう。だから俺が力になってやりたい。俺の事をもっと頼れば良い。なのに、あいつはそうしない。
髪も服も、あいつは俺に強請らなかった。俺が世話を焼かなかったら、今でも不揃いの髪に古くてだぼついた服のままだったのだろうか? あいつが強請った物と言えば、台所用品や食材、日用品等、全てこの家に必要な物ばかり。あいつだって、一応年頃の女の子だ。欲しい物の一つや二つある筈だろう? 何百万円もする高価なアクセサリーやバッグを強請ってくる強欲な女だっているってのに、あいつは自分の物は何一つ欲しがらない。
身体を洗い終わり、湯船に乱暴に身を沈めた俺は、溜息を吐き出した。
もっと俺を頼れよ、冴香。それとも俺は、それに値しない程度の男だってのか?
憂鬱な気分のまま風呂から上がると、キッチンに冴香が居た。急いで歩み寄って顔色を確かめる。
大丈夫なのか? と尋ねると、冴香は俺と視線を合わせて口を開いた。
「もう大丈夫です。先程は少し嫌な事を思い出しただけですので。」
大丈夫、じゃねえだろ。
そんな感情を押し殺したような目で言われても、説得力ねえよ。
だけど、何を言っても無駄って事は……冴香が何も言うつもりなんてないって事は、伝わってきた。伝わってきてしまった。
「……そうか。なら良いけど。」
俺はそう言うのが精一杯だった。冷蔵庫からビールを取り出してソファーに向かう。冴香にも風呂を勧めて、俺はビールを喉に流し込んだ。
俺じゃあいつの力になれないんだろうか。あいつが受けてきた、身体や心の傷がどれ程の物なのか、俺には分からない。あいつの傷を治してやりたいと思うのに、頼ってももらえない自分が情けなくてもどかしい。
あいつにとっての俺は、一体どういう存在なんだろう。ただ家事と引き換えに衣食住を保障しただけの、単なる同居人、でしかないんだろうか。そう思うと、何だか遣る瀬無い気持ちになる。
俺はいつもより速いピッチでビールを呷った。あっと言う間に缶が空になっていく。普段よりも多い缶数を空にしても尚飽き足らず、もう一缶飲もうかと立ち上がりかけた時、冴香が風呂から上がって来た。嫌な事とやらは洗い流せたんだろうか?
風呂に入ったからだろうが、冴香の血色が良くなったように見えたのが、せめてもの救いだった。




