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18.居場所をください

 暫くして、漸く落ち着いてきた私は、自己嫌悪に陥った。折角大河さんが心配してくれたのに、失礼な態度を取ってしまった。すぐに謝らなきゃ。


 部屋を出たけれど、リビングに大河さんの姿はなかった。浴室の方で水音がしたので、扉の前まで行ってみる。どうやら大河さんはお風呂に入っているようだった。私の仕事なのに、大河さんにお風呂の準備をさせてしまった、とまた罪悪感を覚える。

 大河さんがお風呂から出たらすぐに謝ろうと、キッチンで明日の朝食やお弁当の下準備をしながら待つ。カチャリ、と廊下へ続く扉が開く音がして顔を上げると、パジャマ姿の大河さんが歩み寄って来ていた。


 「大河さん、先程はすみませんでした。」

 慌てて私は頭を下げた。


 「別に気にするな。それより大丈夫なのか?」


 至近距離に来た大河さんに見つめられた私は、顔が熱くなり、再び逃げ出したくなった。でもこれ以上失礼な態度を取る訳にはいかない。

 堪えろ、私。感情を殺して表情に出さないのは得意技の筈でしょ。

 自分に言い聞かせた私は、両手をぎゅっと握り締めて無理に顔を上げ、大河さんと視線を合わせる。


 「もう大丈夫です。先程は少し嫌な事を思い出しただけですので。」

 「……そうか。なら良いけど。」


 大河さんはそう言うと、冷蔵庫からビールを取り出してソファーに向かった。大河さんが離れてくれて、私はそっと胸を撫で下ろす。


 「大河さん、お風呂の準備、させてしまってすみませんでした。」

 「そんな事気にするな。良いからお前も入って来いよ。ゆっくりして嫌な事とやらも洗い流して来い。」

 「はい。ありがとうございます。」


 大河さんの気遣いが身に沁みた。心からお礼を言って、私もお風呂を頂く。広い湯船にゆっくり浸かってリラックスすれば、嫌な事も忘れるかなと思ったけれども、心の奥底にへばりつくように残って、完全には消えてくれなかった。


 お風呂から上がり、まだソファーに居た大河さんに挨拶をして、部屋に戻った。ベッドに身を横たえたけど、色々な事が頭を過って、今夜はすぐ寝付けそうにない。


 大河さんは優しい。口は悪いけど、何だかんだ言っても私の事を気遣ってくれている。きっと大河さんにとっては、誰にでもするような、何でもない事なんだろうけど、今までそんな小さな気遣いにさえ触れられなかった私にとっては、大き過ぎる喜びだ。このままだと、私が大河さんの事を好きになってしまうのは時間の問題だろう。

 それは、困る。


 『まさかとは思うけど、貴女天宮の御曹司に気に入られて、愛されて幸せになれるなどと、身の程知らずな思い上がりなんてしていないでしょうね?』

 『あんたみたいなみすぼらしい女と、天下の天宮財閥の御曹司が釣り合わない事くらい、どんな馬鹿でも分かるわよねえ。』

 『せいぜい身の程を弁える事ね。あんたなんか所詮形だけの婚約者よ。大河さんもあんたなんかには目もくれず、今まで通り他の女の人と遊びまくるに決まっているんだから。あんたなんかが、誰かに愛される事なんて、金輪際、有り得ないの、よっ!』

 継母と異母姉の言葉を思い出し、私は頭から布団を被った。


 そんな事、言われなくても分かっている。あの家さえ出られれば、それで良かった。だから、これ以上欲張っちゃ駄目だ。大河さんの家に置いてもらえる事に感謝して、私はきちんと家事をこなす。そして頑張ってお金を貯めて、何時かはこの家を出て行かなきゃ。大河さんだって、仕方がないからあくまでも仮で認めてくれたけど、最初からこの婚約を嫌がっているんだから。


 頭では分かっているのに、何故だか涙が出てきた。

 何時か……何時でも良い。私に仮初めじゃない、ちゃんとした安心出来る居場所を与えてくれる人、現れないかな。こんな私の事を受け入れてくれる人、何処かに居ないかな。こんな私でも、世界に一人くらいは、好きになってくれる人、居てくれないかな。そんな人がもし居てくれるのなら会いたい。やっぱり何時かじゃなくて、今すぐにでも会いたいよ。


 涙が止めどなく溢れてきて、私は声を殺して泣いた。

 誰でも良い。誰か私に、ちゃんとした居場所をください。私に出来る事があれば、何でもしますから。

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