15.イケメンの幼馴染もイケメンでした
月曜日、大河さんにお弁当を渡して送り出し、私は腕まくりをして気合を入れた。今日も良く晴れていて、洗濯や掃除にはもってこいだ。よし、頑張るぞ!
大河さんと私のベッドのシーツを洗って掛け布団を干す。カーテンも外して洗い、その合間にルンダでは掃除出来ないような照明器具、カーテンレールや棚の上、トイレやお風呂場なんかを掃除していく。
途中で休憩してお昼ご飯を頂いていると、突然食卓の上に置いていたスマホがヴーッと震えた。
び、びっくりした。心臓に悪いよこれ。
まだスマホの操作に慣れない私は、一応部屋から説明書を取って来て手元に置いてからラインを確認した。どうやら大河さんの幼馴染が私に会いたいと言っているらしい。
幼馴染って男の人なのかな? それとも女の人なのかな? 私に会いたいって事は、大河さんに相応しい相手かどうか確かめたいって事なんだろうか? まさかとは思うけど、大河さんに気のある女の人だった場合、修羅場とかにならないよね!? 表向きは一応婚約者って事になっているけど、実際はただの居候だし、私は人の恋路を邪魔するつもりはないからね!
うだうだ考えても仕方がない、と思い直し、何時でも構わない、とまだ慣れない手付きで返信すると、暫くしてまたスマホが震えた。どうやら今日仕事が終わってから、その人を連れて来る事になったらしい。
朝から掃除しておいて良かった。さっさと終わらせて買い物に行こう。
軽く窓拭きを終えて布団と洗濯物を取り込み、服にアイロンをかける。アイロンもアイロン台も物置にあると大河さんが教えてくれたけど、明らかに誰かからプレゼントされたままの状態でうっすら埃を被っていて、呆れた事に包装紙が開けられた跡すらなかった。
大河さん……。いや、もう何も突っ込むまい。
アイロンがけを終え、買い物に出かけて夕食の準備を整える。今日は三人分。大河さんの幼馴染はどれくらい食べるんだろうか? 男の人だったらやっぱり大河さん並みに食べるのかな? 一応多めに準備しておこう。余ったら明日の私のお昼ご飯にすれば良いだけだ。
ブロッコリーは胡麻和えにして、茄子の煮浸しを作る。そして豆腐とわかめのお味噌汁。レタスとトマトを添えたお皿に鶏肉の唐揚げを盛り付けた所で、玄関のドアが開く音がした。
「大河さん、お帰りなさい。」
小走りで玄関まで出迎えに行くと、大河さんと一緒にいたのは男の人だった。
良かった、修羅場にはならなさそうだ。
「初めまして、本城敬吾と言います。父が天宮家の運転手をしている縁で、大河とはガキの頃からの腐れ縁です。」
ニッと笑った敬吾さんの顔を見て、緊張していた私は少し肩の力が抜けた。
そっか、この人、本城さんの息子さんなんだ。
黒の短髪をオールバックにした敬吾さんは、きりりと整えられた眉に、少し垂れ気味の二重の目、精悍な顔付きの好青年だ。大河さんよりも少しばかり身長が高く、体格も良いのに、優しそうな雰囲気が漂っている。目や雰囲気は先日お世話になった本城さんに似ているせいか、どちらかと言うと人見知りの私にしては珍しく親近感が湧いた。十二分にイケメンに分類されるこの人も、きっとモテるんだろうな。
「初めまして、堀下冴香です。本城さんのお父様には、先日大変お世話になりました。宜しくお伝え頂ければ幸いです。」
出来るだけ笑顔を意識して頭を下げる。大河さんに指摘されてから、お風呂上がりに自己流で顔のマッサージじみた事をして表情筋を動かす努力はしているのだが、如何せん日にちが浅い。ちゃんと笑えているか不安だ。
「分かった、伝えておくよ。ところで、俺の事は名前で呼んでもらっても良いかな? 親父も本城だからややこしくなるし。その代わり、俺も冴香ちゃんって呼んで良い?」
急に砕けた話し方になった敬吾さん。堅苦しいのが苦手なのかな? でも人懐っこい笑顔を浮かべられると、こちらも親しみを覚える。
「はい、敬吾さん。どうぞ宜しくお願いします。」
「こちらこそ。今日は急に押し掛けてしまってごめんね。」
「おい、そんな所で立ち話するな。早く飯にしようぜ。腹減った。」
大河さんの声に、私は慌てて夕食の準備に戻った。
何だか大河さん機嫌悪そうだな。何かあったんだろうか。
炊き立ての白いご飯と、お弁当の残りの炊き込みご飯のどちらが良いか尋ねてみたら、二人共炊き込みご飯を選んだ。気に入ってもらえたのなら、今度また作ってみようかな? なんて事を考えながら、炊き込みご飯の残りを二人分のお茶碗によそってオーブンレンジで温める。私は白いご飯にして、三人で食卓を囲んだ。
「うん、美味い! 冴香ちゃんは本当に料理上手なんだね。」
「そんな事はないですよ。でもお口に合ったのなら嬉しいです。」
敬吾さんは勢い良く料理を平らげていく。こんなに美味しそうに食べてくれるのなら、作った甲斐があったと言うものだ。大河さんはと言うと、ぶすっとした表情で、黙々と箸を動かしている。何だか良く分からないけど、話しかけない方が良いかも知れない。
「冴香ちゃん、新生活はどう? 大体の事は親父や大河から聞いているけど、こいつと上手くやっていけそうかな?」
唐揚げに箸を伸ばしながら、敬吾さんが少し不安そうに訊いてきた。お昼にラインがきた時は、てっきり見定められるのかと思っていたけど、もしかして今日は心配して来てくれたんだろうか。
「はい。大河さんには良くしてもらっています。一昨日と昨日で、必要な物を色々揃えてくださいました。幸い私が作る料理もお口に合ったみたいなので、私は多分大丈夫だと思っています。」
「それなら良かった。もし何か足りない物とか、こいつに不満があったら、遠慮なく俺に言ってよ。俺はこいつの祖父さんや親父さんとも面識があるから、こってり絞ってもらえるように言っておくから。」
「敬吾てめえ!」
「何だよ。例えばの話だろ。」
噛み付く大河さんに、しれっと答える敬吾さん。大河さんの機嫌が悪そうなので、見ていて少しハラハラするけど、本当に仲が悪そうには見えない。この二人っていつもこんな感じなんだろうか。
「足りない物も、不満も今は特にありませんが……。あ、でも、敬吾さんがもし良かったら、ラインの練習相手になって頂けないでしょうか? 大河さんは付き合わされたくないようですので。」
私がお願いすると、二人共目を丸くした。敬吾さんはすぐに笑って、良いよ、と快諾してくれたけど。
「おい、俺はそんな事、一言も言ってねーだろうが。」
「あれ、お嫌だったんじゃないんですか? お願いした時、顔を顰めて嫌そうにされていたので、てっきりそうかと。」
「あれはお前がっ、……いや、何でもない。兎に角俺は、別に嫌って訳じゃねえ。そいつで練習するくらいなら、俺でしとけ。いいな!」
「……はあ。」
大河さんの謎の命令に首を傾げていると、こいつの事は無視して良いから、と敬吾さんが言いつつ、食卓の上に置いていた私のスマホを取り上げて手際良く登録を済ませてしまった。
「はい、冴香ちゃん。練習でも構わないから、何時でも連絡してね。」
「はい。ありがとうございます。」
返してもらったスマホには、登録された画面が表示されていた。これで二人目。じわじわと嬉しさが湧き上がってくる。
「敬吾に用なんか何もねえだろ。お前も飯食ったらとっとと帰れよな。」
大河さんが仏頂面で言い放った。
むう……。さっきから何で機嫌が悪いのかは知らないけど、当たり散らさないで欲しいな。仕事終わりで疲れているだろうに、敬吾さんはわざわざ来てくれたんだし、折角だから仲良くなれるならなりたい。
こうして色々話が出来る人なんて、大河さんに次いで二人目なんだからさ。
「そんな事ないですよ。敬吾さんにはお訊きしたい事が色々ありますから。」
「俺に? 良いよ、何でも訊いて。」
敬吾さんが微笑んで促してくれた。大河さんの眉間の皺が更に増えたように見えるが、気にしない。
「では、大河さんの苦手な物を教えて頂いても良いですか? 後、嫌いな物とか、弱点とか。」
そう言った瞬間、敬吾さんが吹き出し、お腹を抱えて笑い出した。
「お前、俺の弱みを握る気満々じゃねえか!」
「そんな事はないですよ。現に大河さんがピーマン嫌いだって知っていても、お出ししていないじゃないですか。」
「へえ、冴香ちゃん大河がピーマン嫌いだって事知っているんだ? 俺や家族くらいしか知らない秘密なのに。」
「そうなんですか? 他にも何か秘密があるなら教えてください。」
「言うなよ敬吾! 絶対だからな!」
「さーて、どうしよっかなー?」
楽しそうに笑う敬吾さんに、ぎゃあぎゃあと喚く大河さん。
うん、眉間に皺を寄せたまま食事されるより余程良い。やっぱり食事は一人で食べるよりも、賑やかな方が楽しいし、美味しく感じるなぁ。




