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14.俺の幼馴染とあいつ

大河視点です。

 「大河、飯行こうぜ。」

 「あ、もう昼か。」


 得意先からの急なサンプル依頼を受けてその手配をしつつ、午後からの商談に向けて準備していると、敬吾に声を掛けられた。時計を見るともう十二時。いつもの事ながら月曜の午前中は時間が経つのが早く感じられる。


 「今日は何処行く?」

 「ああ、今日は俺弁当なんだ。」


 給湯室の共用の冷蔵庫に入れてある弁当箱を取り出しに向かいながら答えると、敬吾が目を丸くした。普段はその日の気分で社員食堂や外食にしているが、今日は冴香が何時の間にか弁当を作ってくれていたのだ。


 「へえ、案外婚約者殿と仲良くやれてるみてーじゃん。」

 「そんなんじゃねえ。」


 揶揄うような、でも何処かほっとしたような口調で口角を上げた敬吾に、ムッとしながら反論すると、敬吾は怪訝そうな顔をした。後で話す、とだけ言いながら、共用の電子レンジで弁当を温めて食堂に向かう。


 昼時で混雑している食堂で、敬吾が日替わり定食を頼んでいる間に、手前の長机の席を避けて奥の方にある四人掛けの席を取り、敬吾が来るのを待って弁当箱の蓋を開けた。


 「おお、結構良さそうじゃん。料理上手なんだな、お前の婚約者。」


 弁当の中身を覗き込んだ敬吾が感心したような声を出した。二段になっている弁当箱の上の段にはハンバーグや卵焼きや野菜が彩り良く綺麗に詰め込まれ、下の段には炊き込みご飯が入っている。

 やるな、あいつ。美味そうな中身に、思わず口元が緩んでしまった。


 「あ、天宮係長! 本城主任!」

 「私達もご一緒しても良いですか!?」


 その声に顔を上げたら、総務部の女性達が目をキラキラさせてこちらを窺っていた。

 面倒臭い。わざわざ奥の席にしたというのに。


 「悪いけど、打ち合わせも兼ねているんだ。今日の所は遠慮してもらっても良いかな?」


 にこりと微笑んで見せれば、大抵の女は言う事を聞く。彼女達も例外ではなかった。

 ……まあ、あいつは例外だけど。くそ。


 「相変わらずモテるな、お前。」

 「顔と金だけで女に寄って来られても、嬉しくも何ともねえよ。かえって虚しくなるだけだ。」

 呆れたように突っ込む敬吾に、溜息をつきながら返す。


 確かに俺はモテるとは思うが、寄って来る女共には碌な奴が居ない。さっきの奴らだって、勤務時間中に密かにトイレで化粧直しをしつつ、社内のイケメンの情報交換で盛り上がっているような連中だ。俺の事は皆、天宮財閥の御曹司、という肩書しか見ていないのだろうなとうんざりする。俺程じゃないが、そこそこモテる上に、長年敬吾一筋の彼女がいるお前の方が余程羨ましいっての。


 「大河、隣良い?」


 今度は受付嬢の女が俺の答えも待たずに隣に座ろうとする。元カノだからって調子に乗るなよ。


 「断る。今打ち合わせ中だ。それにお前とはもう別れたんだから、馴れ馴れしく話し掛けるな。」

 苛立ちを混ぜた低い声で睨み付けてやると、青褪めて言葉を失った女がそそくさと立ち去って行った。


 「……お前最低だな。」

 「あいつは完全に金目当てだったよ。一緒にいるだけで飯がまずくなる。」


 告白されたので試しに付き合ってみたら、高いレストランに行きたがるわ、ブランド品は欲しがるわ、会計では財布を出す素振りすらないわで、即別れる事にした。俺に寄って来る女はこんなのばっかりだ。正直、もう顔も見たくない。

 白い目で見てくる敬吾を気にせず、炊き込みご飯を口に放り込む。ん、やっぱり冴香の飯は美味い。ささくれ立った心が、少しだけ癒されたような気がした。


 「お前、何時か手痛いしっぺ返しを食らわされるなよ。……まさか、婚約者の子にも、そんな態度で接しているんじゃないだろうな?」

 敬吾の苦言に、俺はハンバーグを持つ手を止めた。


 確かに最初は、あいつが金目当てだと思い込んでいた俺は敵意を抱いていた。だがあいつの特殊な事情を知り、今ではすっかり気兼ねなく接している。婚約者という皮を被った居候と言う立場であるにもかかわらず、この俺に対して媚びを売る訳でもなく、飄々とした態度で対等に渡り合う上に、減らず口を叩きまくる女は初めてだ。まあだからこそ、別の意味で腹は立つのだが。


 「……あいつはちょっと違うな。」

 「へえ? どう違うんだ?」


 少し考えてから発言すると、敬吾が目を丸くして訊いてきた。あいつの虐待に関して軽々しく口にするのは躊躇われるので、冴香には堀下の家を出なければならなかった事情があった、とだけ言うに留めておく。そしてあくまでも仮として婚約者と認め、家に置いてやる代わりに、家事を引き受けてもらっている、とざっくり説明した。


 「ふーん。そんな事になっているのか。」

 俺の話を聞いても、敬吾は何処か腑に落ちない顔をしている。


 「お前の話だけじゃ今一良く分からないな。今度その冴香ちゃんとやらに会わせろよ。」

 「何だよそれ。まあ、俺は別に構わねえけど。」


 スマホを取り出して冴香にラインを入れる。既読が付いたのが五分後、何時でも構わない、と返事が返って来たのは二十分後だった。もうすぐ昼休みが終わっちまうだろうが。早くスマホに慣れろよな、とは思ったものの、相手が俺しかいないのだから仕方がない。

 あいつは友人もいなかったと言っていた。異母姉とやらが邪魔していたんだろうか。虐待していた異母姉と継母と言い、金の為に娘を売った父親と言い、堀下家の連中ってのは、つくづく最低な奴らばっかりのようだ。


 「どうしたんだよ、大河。怖い顔して。」

 敬吾の問いかけに、俺は我に返る。


 「あ……、いや何でもない。冴香、何時でも良いってよ。」

 「そうか。じゃあ早速今日にしても良いか? 仕事帰りにちょっと寄るだけだから。」

 「構わねえけど、また急だな。……まさか、祖父さんや親父その他に様子見て報告しろって言われているのか?」

 「バレたか。」

 「バレたかじゃねえ! この回し者が!」


 敬吾に怒鳴るものの、仕方がないと言えば仕方がない。敬吾は昔から俺のお目付け役のような役割も兼ねているのだから。

 渋々ながらも再び冴香にラインした所で、昼休みが終わってしまった。何だか今日はちゃんと休憩出来た気がしない。

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