13.期待に応えられるよう頑張ります
翌朝、私は八時過ぎに目が覚めた。
うん、今日も良く眠れた。やっぱり安心して朝寝坊出来る環境って良いな。
大河さんは九時過ぎくらいまで寝てると言っていたので、少しばかりベッドの上で時間を潰した後、出来るだけ静かに身支度を整えた。昨日のうちに作っておいた、余った玉葱にベーコンを加えたスープを温めながら、刻んでおいたキャベツの残りをお皿に盛り付ける。目玉焼きを作っていたら大河さんが起きてきた。パンを焼きながらウインナーも焼いて、冷蔵庫からヨーグルトを出す。これで足りるかな?
洗濯機を回して、大河さんと朝食を頂く。今日の大河さんは黒のVネックシャツに青のジーンズ。昨日よりも随分ラフだけど、やっぱり様になっている。流石イケメン、目の保養になるわ。
……と思いながら眺めていたら、大河さんと目が合ってしまった。
「……何だよ。俺に言いたい事でもあるのか?」
大河さんに怪訝そうに訊かれて、私は少しばかり狼狽えた。
「……今日は見惚れていたのかと訊かないんですか?」
「お前の場合は下手に揶揄おうとすると、俺が痛い目に遭うという事は昨日で学習済みだ。で、何か用か?」
あらら。今のは本当に見惚れていただけなんですけどね。
だが、正直な答えを言うつもりなどさらさらない私は、大河さんの質問を利用して、かねてから訊きたかった事を急いでピックアップする。
うん、こんな時は表情筋が死んでいるって好都合なんだよね。動揺が顔に出ないし。
「……天宮会長のお加減は如何ですか?」
「ああ、心配ない。本人は至ってピンピンしていて、早く退院したがっているくらいだ。けどまあ術後経過やリハビリとかで、あと一週間は入院だとよ。」
「そうなんですね。ご挨拶もまだですし、お見舞いに伺っても大丈夫なんでしょうか?」
「必要ない。祖父さんがお前に病人みたいな姿を見せたくないんだと。お互いに落ち着いてからきちんと顔合わせの席を設けるそうだ。」
そうなのか。天宮会長の緊急入院で仕方なかったとは言え、急に婚約、同棲となった割には、私は大河さんのお父様である天宮社長にしか会った事がないから、ご挨拶とか気になってはいたんだけど。
しかし何でしがない中小企業の社長の娘と、天宮財閥の跡取り息子を婚約させる事になったのか、未だに謎だわ。
首を傾げながらも朝食を終え、洗濯物を外に干す。
うん、今日は良い天気だ。お布団も干したいなー。って、昨日布団干しばさみと布団叩き買うの忘れた! あと買い物に行くのに自転車があったら便利だよね。
大河さんに訊いてみると、元々買い物の予定があるからと、ついでに買ってもらえる事になった。大河さんも昨日買い忘れがあったらしい。何だろう?
そして今、私達は携帯ショップにいる。
「お前、何か希望あるか?」
「そんな事、いきなり訊かれましても。」
お互い連絡を取るのにスマホがあった方が便利だ、と買ってもらえる事になったのは嬉しい。だがスマホなど人が使っているのを見ていただけの超初心者の私が、何の予備知識もなく、無数にある機種の中からどれが良いかなんて分かる訳がない。
「スマホの事はさっぱり分かりません。大河さんのお勧めはありますか?」
「まあそう言うだろうとは思っていたけどな。俺と同じ機種にするか? 使い方が一緒だと、何かと便利だろ。」
「そうして頂けると助かります。」
と言う訳で即断即決。大河さんのスマホは黒なので、見分けが付くように私は色違いの白になった。買って頂いてから、良く考えればお揃いだという事に気付いて戸惑ったけど、大河さんが全く気にする素振りを見せないので、深く考えない事にする。うん、何となく考えたら負けなような気がする。
ついに私もスマホデビューか。当分は説明書と睨めっこだな。
大河さんの車に戻り、早速説明書を読み始める。
「ちゃんと使いこなせるようになれよな。」
「大河さんで練習しても良いですか?」
「何で俺なんだよ。」
「登録が大河さんしかないからです。」
「高校の友達とかいねーのかよ。」
「愛人の娘と友人になりたがるような奇特な人なんていませんよ。異母姉と取り巻き連中を敵に回す事になると分かっていれば尚更です。」
そう答えると、運転席が静かになった。あれ、と思って顔を上げると、大河さんが顔を顰めている。
練習に付き合わされるの、そんなに嫌なのかな。仕方ない、一人で頑張るか。
次に連れて来られたのは、デパートの女性用の下着売り場の近くだった。
「俺は自分の服でも見ているから、下着やパジャマなんかもちゃんと揃えて、お前が持って来た古い服は全部捨てられるようにしろ。」
すみません、助かります。パジャマは異母姉のお下がりを着回した後のボロボロになったTシャツやジャージで代用していたし、下着はゴムが緩くなったり、使い古して何時穴が開いたり破れたりしてもおかしくないような物ばかりだったし。
……まさか洗濯物見られてないよね!? ボロボロのTシャツとジャージは兎も角、せめて下着は見られてないよね!? まともな服持っていなかったから、下着もそうだろうと推測しただけだよね!? お願い誰かそうだと言って!
頭を抱えながらも下着や靴下、パジャマ等を買わせてもらった。早速スマホを活用して大河さんに買い物が終わった事を四苦八苦しながら報告すると、わざわざ迎えに来てくれた。
お昼をレストラン街で頂いた後、布団干しばさみや自転車も買ってもらった。
「すみません、大河さん。昨日と今日で随分と色々買って頂いてしまって。」
「気にするな。これくらいの出費で、ちゃんと家事をやってもらえるんだったら、俺も助かる。昨日の飯も美味かったし、これから期待しているぞ。」
「は……はい!」
口元を緩めた大河さんがくれた言葉に、恐縮していた私は一気に舞い上がってしまった。そんな事を言われたら、もう頑張るしかないじゃないか。期待している、なんて言葉をかけてもらえたのも久し振りな私は、俄然張り切ってしまった。豚もおだてりゃ木に登るのだ。




