やっぱり私達は私達です
「うう……っ、大河さんの馬鹿!」
招待客の最後の一人を見送り、挙式に続いて、無事披露宴を終えた私は、涙目で大河さんに抗議した。
「何怒っているんだよ?」
「ファーストバイトですよ! あれ絶対わざとだったんでしょう!? 酷いです!」
挙式スタイルは私の意見を聞いてもらったので、披露宴については、殆ど大河さんに決めてもらった。と言うよりも、披露宴なんて皆さんと一緒に美味しいお料理を食べるだけで十分じゃないの? という考えの私に呆れ果てた大河さんに、全権を奪われたと言った方が正しいだろう。する気が無かったお色直しを始め、小っ恥ずかしいケーキ入刀やらファーストバイトやら、色々組み込まれてしまった。
そのファーストバイトで、ハプニングは発生したのだ。大河さんのせいで!
大河さんが生クリームたっぷりのケーキを差し出した時点で、少し嫌な予感はしたのだ。一口分にしては、私には大き過ぎたから。
だけど止める間もなく、大河さんは私の口にケーキを突っ込んできた。当然、生クリームが私の口の周りに付いてしまった。どうしよう、と焦っていたら、大河さんにいきなりキスをされて舐め取られたのだ!!
耳まで真っ赤になって硬直してしまった私に、してやったりの表情の大河さん。式場に響き渡った黄色い歓声に、私がどれ程居た堪れない思いをした事か!! もういっその事、テーブルの下に隠れて引きこもりたかったよ……。
おまけに、お色直しの為の退場の時だって、いきなりお姫様抱っこされてしまったし。皆さんの手前、拒否して暴れる訳にもいかず、羞恥で顔を真っ赤にしたまま、大河さんに運ばれてしまった。
お蔭でお色直し後のキャンドルサービスでは、一部の方に揶揄われたり、決定的瞬間がバッチリ写っている写真を見せられてしまったりで、恥ずかしさのあまり、もう全てを投げ出してその場から逃げ出してしまいたくなった。予定されていたプログラムをちゃんと全部こなした私を褒めて欲しいくらいだ。唯一楽しみにしていた、美味しそうなお料理の味なんて覚えていない。と言うか喉を通らなかった。
「良いじゃないか、あれくらい。盛り上がっただろ?」
「良くないです!! 私がどれだけ恥ずかしかったか、分かっているんですか!?」
怒鳴りながらも、大河さんに手を引かれて、ホテルの最上階のスイートルームに移動する。部屋の中に入り、豪華な内装と、窓から見える夜景を目にした私は、自分が怒っていた事も忘れて見惚れてしまった。
「わあ、綺麗……!!」
眼前に広がる街明かりを見下ろし、感嘆の溜息をつく。
こんな素敵な景色を見たら、自分の怒りなんて本当に些細な問題に思え……いや待て誤魔化されないぞ大河さん!
でももう良いか。終わってしまった事は仕方ない。今度大盛りのピーマンを毎食一週間食べ続けさせたら、許してあげる事にしよう。
それにしても、流石は五つ星の高級ホテルだ。一体一泊幾らするんだろう。知りたくない恐ろしい。披露宴でのお偉い何とか大臣達の祝電と言い、余興での大物アーティストの生演奏と言い、つくづく天宮財閥って怖い。
「さて、俺は風呂に入るけど、冴香はどうする? あ、何なら一緒に入るか?」
後ろから声を掛けられて、私は一気に赤くなった。
「じじじ冗談は止めてくださいよ! 私は待っていますから、大河さんはお先にどうぞ!」
「そうか。残念だな。」
大河さんが浴室に行くのを見送って、私は大きな溜息を吐き出した。大河さんが居ないうちに、ピンクのカラードレスを脱いで、楽な服装に着替える。ついでに大河さんの黒のモーニングコートと一緒に、皺にならないようにハンガーに掛けておいた。
バスローブ一枚で、髪を拭きながら出て来た大河さんにどぎまぎしながら、私もお風呂に入る。全身を隈なく洗い、広い湯船に入って、膝を抱え込んで小さくなりながら、口元までお湯に浸かった。
この後って……やっぱりあの、そういう事、だよね?
そう思ってしまったら、湯船から出る勇気がなかなか持てないでいた。
大河さんと結婚して、唯一変わってしまう部分がこれだ。やっぱりほら、一応新婚初夜な訳だし。大河さんと良い雰囲気になった事はあったけれども、つい怖気付いて硬直してしまう私を気遣って、大河さんは無理に事を進めないでくれていた。その結果、私は大河さんの優しさに甘えて、今の今まで随分我慢をさせてしまった……と、思う。いや、本当の所はどうなのか知らないけど。
でも、もうちゃんと大河さんのお嫁さんになった訳だし。何時までも逃げている訳にはいかないし。さ、最初は痛いって聞くけど、大河さんならその辺何とかしてくれる筈。だって経験豊富だし。……そこはちょっと腹が立つけど。
だから、大丈夫、だと思う……のに、まだ出て行く決心がつかない。
「冴香、大丈夫か? のぼせていないだろうな?」
「だ、大丈夫です!」
浴室の外から声を掛けられ、私は慌てて返答する。
「なら良いけど。あまり遅いようなら、ここ開けて踏み込んで行くからな。」
うええぇぇ!? 冗談じゃない!!
「すぐ出ますから、そこ出て行ってくださいー!!」
絶叫したら、大河さんが脱衣所から出て行く気配がしたので、本当に入って来られては堪らないと、大急ぎで湯船から飛び出した。
「お……お待たせしました。」
全身を大雑把に拭い、備え付けのバスローブをきっちりと着て浴室を出ると、ソファーで寛いでいた大河さんが振り向いて、苦笑した。
「お前、どれだけ急いで上がって来たんだよ。まだ髪濡れているじゃねえか。ちゃんと乾かさないと、風邪引くぞ。ほら、こっちに来い。」
誰ですか、急がせた人は。
だけど、大河さんは私を膝の上に座らせると、バスタオルで髪を拭きながら、ドライヤーを当ててくれた。手付きが優しくて、温かくて気持ち良い。乾かし終わったら、きちんと櫛で髪を整えてくれた。
「ありがとうございました。」
大河さんを振り返ったら、思ったよりも近い位置に顔があり、次の瞬間には、唇が重なっていた。大河さんの逞しい腕が、私の身体に巻き付き、より深く唇が合わされる。
「冴香、俺はもう我慢出来ない。良いな?」
「……!」
酷く悩ましげな大河さんに囁かれ、やっぱり私は硬直してしまった。だけど、勇気を出してこくりと頷く。大河さんはすぐさま私をお姫様抱っこして、ベッドに直行した。無駄に大きいベッドの上に横たえられると、すぐに大河さんが覆い被さって来て抱き締められる。貪り尽くすようなキスを懸命に受け止めている間に、大河さんの手が、私のバスローブの合わせ目を解いていった。
「た、大河、さ……。」
や、やっぱり恥ずかしい! 服の上からでも見れば分かる事とは言え、私は貧乳お子ちゃま体型だし。そんな貧相な身体を見て、大河さんは萎えてしまわないかな……?
不安になって大河さんをそっと見上げたら、何か赤い物が見えた。
「た、大河さん鼻血! 鼻血出てます!」
慌てて枕元にあったティッシュを数枚抜き取り、大河さんの顔に押し当てる。
「鼻血なんてどうでも良い! もう俺は我慢の限界なんだ!」
折角渡したのに、大河さんはティッシュを払い除けてしまった。
「どうでも良くないです! ちゃんと止めてください! ああもう、中途半端に拭いたせいで、鼻の下血まみれじゃないですか! 軽くホラーになってますよ! イケメンが台無しです!」
「どうせそのうちお互いの汗と体液まみれになるんだ。これくらい問題ないだろう!」
「問題大有りです!! 嫌ですよ私折角の新婚初夜がスプラッタとか! ってか私が下ネタ嫌いなの知っているでしょう!? 大河さんの馬鹿!!」
「馬鹿って言うな!! それに最後にはどうせスプラッタになるんだ! 続きさせろ!!」
「だから下ネタ嫌いだって言っているじゃないですか!! 大河さんの変態!! 強姦魔!!」
「俺達は夫婦になったんだから、強姦じゃねえ!!」
「夫婦間でも強姦罪が適用されるケースはあるんです! そうでなければDVです! だからちゃんと鼻血止めてください!!」
「あーもう煩いな! 分かったよ畜生!! 止めれば良いんだろ止めれば!! 止まったら後で覚えてろよ!!」
「忘れます!!」
「胸張って言うな!!」
高級ホテルのスイートルームで、新婚初夜にもかかわらず、こんな遣り取りをしているのは、きっと私達くらいだろう。
どうやら私達は、どう頑張った所で、ロマンチックとは程遠いようだ。
これにて番外編も完結です。
最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!




