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12.本当に可愛くないあいつ

8~11話、大河視点です。

 冴香の事に余程衝撃を受けていたのか、その夜はベッドに入ってもあまり寝付けず、夜中に何度か目を覚ましてしまった。次に目を開けた時はもう八時前。普段休日は九時過ぎくらいまで寝ているが、今日はもうこれ以上寝られそうにない。

 仕方なく起きる事にして部屋のドアを開けると、既に身支度を整えた冴香がキッチンにいた。早いな、こいつ。


 顔を洗って着替えると、冴香が洗濯機をセットしてくれた。俺よりも手際が良くて感心する。

 朝食のおにぎりを食べていると、冴香が台所用品を買いたいと言ってきたが、それよりも冴香を何とかする方が先決だ。だがこいつはどうやら自分の事には無頓着のようだった。


 「お前な……。少しは俺の婚約者だという自覚を持ってちゃんとしろ。体に合っていない上に、所々解れかけているような服なんか何時までも着てんじゃねーよ。そんな姿を祖父さん達が見たら、俺の方が怒られるだろうが。」

 「私を婚約者だと認めてくださるんですか? 家政婦ではなく? 昨日はあれだけ嫌がってらしたのに。」

 呆れて注意をしたら、逆に婚約者と認めてくれるのかと訊かれて俺は焦った。


 そうだ、俺は勝手に決められたこの婚約を嫌がっていた筈なのに、何ナチュラルに受け入れてんだよ! こいつの話を聞いてしまった以上、家から追い出すなんて事は出来ないから、仕方なく認めてはやるが、あくまでも体裁を整える為の仮だ、仮!


 「し、仕方なくだ! あくまでも仮だからな!」

 「仮でも大変光栄です。ありがとうございます。」


 慌てる俺とは対照的に、七つも年下のこいつは無表情で落ち着き払っているように見える。くそ、俺だけが動揺しているみたいじゃねーか。お前も少しは表情筋を動かせるようになりやがれ。


 食事を終えると、何故かルンダの後を付いて行ってじっと見つめている冴香を横目に、新聞を読み終えた俺は、冴香を促して家を出た。さて、今日の行動開始だ。


 病院は冴香が嫌がったので、まずは美容院に連れて行く。そこで冴香の髪が不揃いであるのは、自分で切っているからだと知った。髪は女の命だとかって聞くのに、引っ張られたり勝手に切られたりとかしてたって、酷くないか!?

 冴香は何でもない事のようにあっけらかんとしていたが、俺はまたショックを受け、霧島が冴香の髪を切っている間にスマホを弄っていても、ずっと胸の奥の痛みが消えなかった。


 髪を切った冴香は、年相応に可愛くなったように見えて思わず顔が綻んだ。すると冴香がほんの少しだけ顔を赤らめて、俺をじっと見つめてきた。漸く俺の魅力に気付いたのか? と気を良くして揶揄ってやろうとしたら、逆に手痛い反撃を食らってしまった。

 くそ、弱みを見せたくなくて頑張って食べたってのに、何でピーマン嫌いだって事バレてんだよ! やっぱりこいつ可愛くねえ!


 面白くはなかったが、次は服を買ってやらないと、と西条先輩の店に向かう。西条先輩は俺の大学の部活のOBだ。卒業してからも偶に差し入れを持って来てくれる一方で、ちゃっかり店の宣伝をして行く先輩と意気投合して、先輩の店は良く贔屓にさせてもらっている。久し振りに会う先輩は、やっぱり男の俺から見ても格好良かった。冴香の事をどう紹介しようかと一瞬考えたが、それより早く先輩が自己紹介してしまった。相変わらず社交的な人だ。

 先輩の奥さんも先輩の店で働いていて、特に婦人服のセンスは抜群だから、痩せ過ぎの冴香に合う服も見てもらおうと思っていたが、おめでたなら大事にしてもらわないと。相変わらず夫婦仲も良いようで何よりだ。


 冴香に服を選ばせると、ボトムスはパンツばかりを挙げていく。少しは女性らしい格好もすれば良いのに、とスカートやワンピースも勧めると、渋られた挙句、足にも痣があるから無理だと耳打ちされた。

 何で思い至らなかったんだよ、俺。ちょっと考えれば分かる事だろ。実際にあいつの痣だらけの腕まで見てしまったってのに。

 女の口から言い辛い事を言わせてしまった自分が情けなくて、暫く立ち直れなかった。


 「……どうやら訳ありみたいだな。」

 冴香が試着の為に小部屋に入ったのを見計らって、西条先輩が口を開き、俯いていた俺は顔を上げた。


 「彼女、かなり表情が乏しいみたいだけど、女性に関しては何処か冷めた目で見ていた天宮君が、冴香ちゃんの事は気にしているみたいだし。俺としては気になって仕方ないけど、訊かない方が良いか?」

 ニヤリと面白そうに笑う先輩。だが気を遣ってくれているのが分かって、俺は力なく微笑む。


 「すみません。今はちょっと、そうして貰えると助かります。でもいずれ先輩には、ちゃんと説明しますから。」

 婚約云々の件も含め、今は俺自身があいつの事を受け止め切れていないから、上手く説明出来る気がしない。だから先輩の申し出は有り難かった。


 「分かった。じゃあいずれ説明してくれる日を楽しみにしている。でも冴香ちゃんの事はもう少しだけ気にかけてあげるべきだとは思うぞ。足に怪我をしているのかどうかは知らないけどな。」


 苦笑する先輩に、俺は流石だと舌を巻く他なかった。スカートやワンピースは頑なに次回にしたがるあいつの態度を見ただけで、先輩は正解に近い答えを出している。先輩よりもヒントが多かったのに、答えにも辿り着けなかった俺は、やっぱりまだまだ未熟だと痛感させられた。


 そんな気持ちを引きずったまま昼食へと向かう。昨夜の件と、痣に気付いてやれなかった事を冴香に詫びると、何故か乙女かと突っ込まれた。

 くそ、こっちが気を遣ってやっているってのに、何て言い様だ! こいつ本当に可愛くねえ!


 腹が立ちながらも、遅い昼食の後、冴香の要望通り台所用品や食料品なんかを買い込んだ。帰りの車の中で、買い物リストを見ながら何処か満足げにしている冴香を、横目で見ながらこっそり溜息をつく。

 今までの女は、ちょっと髪や服を整えてやれば、コロッと俺に落ちて従順になったものだが、こいつの場合は一々予想の斜め上の反応が返ってくる。今日は昨夜の侘びがメインだったが、こいつの気を引いてやろうという下心が無かった訳じゃないにもかかわらず、まさかこんなにも手応えが無いとは思わなかった。本当に調子が狂う。さて、どうしたもんだか。


 家に帰るともう六時前だったので、今から夕食の支度をすると遅くなるのではないかと外食を提案したが、冴香は小一時間で出来ると言った。マジかよ、そんなにすぐ出来るものなのか?

 リビングでテレビを見ながらちらちらと様子を窺っていると、冴香は手際良く動き、宣言通り一時間以内で夕食を作ってしまった。取り敢えずピーマン尽くしじゃなかった事に安心しつつ食べてみると、味も良い。お代わりもあると言うので、ついしてしまった。


 食べ終わって後片付けを済ませ、今日買った服を整理しに部屋へと向かう冴香の後ろ姿を見つめる。

 あいつ、本当に家事全般出来るんだな。凄く助かる。髪も服も良くなって見違えたし、後は痩せ過ぎの身体に肉を付けて、笑顔の一つでも見せるようになれば……、あれ? もしかして結構可愛い部類に入るんじゃないか?

 黙っていれば、だけどな!

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