皆で温泉旅行です
「うわぁ……! 凄く立派な旅館ですね!」
車を降りた私は、改めて周囲を見回して、感嘆の声を上げた。
大半が車で埋まっている広い駐車場。その奥には、広い敷地内に点在する幾つかの建物を渡り廊下で繋ぎ、立派な日本庭園も楽しめる、綺麗で趣のある大きな木造建築の旅館。山の中に建てられた、天宮財閥の系列会社が所有すると言う温泉旅館は、春は桜、夏は深緑、秋は紅葉、冬は雪で彩られる山々の景色を愛でつつ、近くにある温泉街で観光を楽しむ事も出来る、天宮家御用達の憩いの場所なのだそうだ。
「壮観だな……。流石天宮財閥……。」
「本当、凄いわね! 誘われた時は迷ったけど、やっぱり来て良かったわ!」
私同様、旅館や景色に見惚れているのは、新庄さんと谷岡さんだ。他の皆さんは以前来た事があるらしくて、左程感動した様子もなく、車から荷物を降ろしている。
事の発端は、麗奈さんが新庄さんとここに来たいと、旅行計画を立てた事だった。だが、娘と彼氏のお泊まり旅行を知った貴大さんは、最初は激怒して、最後の方は涙目になって、猛反対したらしい。麗子さんが貴大さんを宥める中、大樹さんがお目付け役としての同行を申し出る事で、何とか貴大さんの許可をもぎ取ったそうだ。
すると大樹さんは、監視役だけではつまらないと、ダブルデートを目論んで谷岡さんを誘い。困惑した谷岡さんが、大河さんと敬吾さんに相談した結果、何故か私と凛さんを含めた四人も同行する事になり。更に大学でその話を聞き付けたらしい広大さんと雄大さんも、面白そうだからと加わって来て、芋蔓式に総勢十名になってしまったのだ。
因みにその事を知った貴大さんは、あからさまに安堵していたと言う。
……何度聞いても、どうしてこうなったのか、今一良く分からないのは、私だけだろうか?
「麗奈さん、良かったんですか? 折角のデートの計画が、こんなに大人数になってしまって。」
「良いの良いの! 直也とここに来れたのも、皆のお蔭だし。それにまた今度、二人でゆっくり来れば良いしね。」
新庄さんと顔を見合わせて、微笑む麗奈さん。
当初の趣旨からは大幅にずれてしまっている筈なのだが、お二人共楽しそうにされているので、それなら良いか、と私もつられて口元を緩ませた。
皆さんと旅館の中に入り、落ち着きのある木造の内装に感心しながらチェックインを済ませる。部屋はまだ清掃中なので、フロントで荷物を預かってもらい、従業員の方に案内されて、男女別になって旅館の奥へと進んで行った。
この旅館では、着物のレンタルを行っており、着付けとヘアセットもしてもらえるのだ。今日はこれから皆で着物に着替えて、温泉街の観光に行く予定なのである。私は今まで着物とは縁が無かったので、立ち居振る舞いやマナーには自信が無くて、少しばかり不安だけれど、それでも凄く楽しみだ。
女性従業員に案内されて旅館の一室に通された私達は、色取り取りの着物や帯を手に、迷い楽しみつつ決めていった。私の着物は白。色々迷ったけれど、着物の裾に描かれている小鳥達が可愛かったのが決め手になった。従業員の方に着付けてもらい、桃色の帯を締める。髪は左側の一房を三つ編みにしてもらい、帯と同じ色の髪飾りを付けてもらった。
麗奈さんは白や赤の小花柄がちりばめられた薄桃色の着物に、赤色の帯。髪はお団子に纏めて簪を挿していて、とっても可愛い。
凛さんは風にたなびく雲が描かれた紺色の着物に、白の帯を締めている。髪は左側に毛先を巻いた一房を残し、右側で一つに纏めて肩に垂らしていて、正に大和撫子という言葉がぴったりだ。
谷岡さんは月と霞の模様が入った紫の着物に、黄色の帯。髪は簪を使った夜会巻きにしていて、大人の女性の色香が漂っている。
「冴香さん可愛い! その小鳥の着物も可愛いくて、迷ったんだよねー。」
「ありがとうございます。麗奈さんも凄く着物が似合っていて可愛いです。」
「二階堂さんの着物も落ち着いていて素敵ですね。髪もサラツヤストレートで羨ましい! いつもポニーテールだなんて勿体ないですよ。」
「ポニーテールの方が纏めるだけで楽なので……。谷岡さんの方こそ、色っぽくて凄く綺麗ですよ。」
お互いにワイワイ言い合いながら、待ち合わせ場所のロビーへと向かう。着くとすぐに、着物姿の六人組のイケメン集団が目に入った。
「凛!」
真っ先に私達に気付いて近付いて来たのは、紺色の着物を着た敬吾さんだ。
「綺麗だよ。凄く似合っている。やっぱり紺色にしたんだ。」
「ありがとう。派手な色や可愛い色より、こういう落ち着いた色の方が、私には似合うかなって思って。敬吾も紺色なんだね。凄く似合っていて格好良いよ。」
「ありがとう。凛ならどんな色でも似合うと思うけど、多分凛は紺にするだろうって思ったからな。」
ニッと楽しげに笑う敬吾さんに、驚いたように目を丸くして頬を染める凛さん。
何も打ち合わせていなくても、彼女の嗜好を熟知していて、それに合わせるだなんて、敬吾さん素敵過ぎる。いつもはキリッとしていて格好良い凛さんが、嬉しそうにはにかんでいる可愛い姿を目にして、私も頬が緩んでしまった。
「梨沙さん、凄く綺麗だよ。良く似合っている。」
「ど……どうも……。大樹君も、着物姿、格好良いよ。」
濃灰色の着物姿で、微笑みを浮かべる大樹さんに、戸惑いながらも顔を赤らめる谷岡さん。
「ありがとう。だけどあまりにも綺麗過ぎるから、他の男になんか見せずに、俺が独り占めしてしまいたいな。」
「な……っ!?」
谷岡さんの肩を抱き、耳元で甘く囁く、色気たっぷりの大樹さんに、谷岡さんは慌てふためいている。
うわああああ。何だかこっちは大人の世界だ。見てはいけない気がして、慌てて視線を逸らしてしまった。
「麗奈、凄く可愛いよ。」
「ありがとう! 直也も凄く格好良いよ!」
急いで視線を外した先には、青色の着物を着た新庄さんと、揃って嬉しそうに満面の笑みを浮かべている麗奈さん。
こちらは相変わらず仲が良くて微笑ましい。先程は刺激が強過ぎたからか、見ていてホッとする。
「冴香ちゃん、凄く可愛いぜ!」
「本当、良く似合っているよ。」
「あ、ありがとうございます。お二人も格好良いですよ。」
焦げ茶色の着物を着た広大さんに、深緑色の着物の雄大さん。お二人も言うまでもなく着物姿が似合っている。
「お……お前らなあ! 人の婚約者、口説いてんじゃねえ!」
お二人と私の間に割って入って来たのは、黒の着物姿の大河さん。
「別に口説いてねーし。思ったままの事を言っただけだしな。」
「そうそう。これくらいの事で怒るなんて、心が狭いよ大河君。」
広大さんはニヤニヤと、雄大さんはニコニコとして、二人を睨む大河さんと対峙している。
あー、もう。こんな時に、ピリピリした雰囲気出すの止めましょうよ、大河さん。
「えーと、あの……大河さんも、勿論格好良いですよ。」
「『も』って何だよ! 『も』って!」
大河さんの機嫌が直るかと思ったのに、逆に怒られてしまった。
「じゃあ、大河さんが一番格好良いです。」
ムッとしつつも口にすると、大河さんは息を呑んで顔を赤くした。
「あ……ありがとうな。お前も、滅茶苦茶可愛い。」
「そ……それはどうも。」
やだ、真顔で言わないでくださいよ。こっちまで赤くなっちゃうじゃないですか。
それまでの勢いは何処へやら。私達は向かい合ったまま、お互い真っ赤になって黙り込んでしまった。
そして何だか居た堪れなくなって視線を外した先では、広大さんと雄大さんがお腹を抱えて笑っていた。
「お前ら、何笑っているんだよ!」
笑いながら逃げるお二人を、追い掛け始める大河さん。
うん、仲が良さそうで何よりだ。だけど他の方々の迷惑になるから、止めた方が良いと思うんですけど……。




