11.少しは感謝が伝わっていると良いのですが
「大河さん、どうもありがとうございました。」
WESTを出た車の中で、私は大河さんに丁寧にお礼を言った。今私は、最後に試着した服をそのまま着させてもらっている。淡いピンクのフリルブラウスに、黒のパンツ。おまけにそれに合わせてパンプスまで買ってもらってしまった。凄く着心地が良いが、どれも結構なお値段だったんじゃないかと思うと、やっぱり怖いんですが。
「でも本当に良かったんですか? 沢山買って頂いてしまって……。」
「何言ってる。こんなんじゃまだ全然足りないだろう。痣が治ったらちゃんと言えよ。また連れて来てやるから。」
「はあ……。」
お言葉は有り難いのですが、流行とかあまり気にせず、シンプルな服が好きな私としては、これだけあれば後十年くらいは、服は買わなくても良いんじゃないかと思うくらいの量なんですけど。
「……それにこれは、昨夜の件の侘びでもあるから。金目当て呼ばわりしたりして、嫌な思いをさせてしまって悪かった。あと、足の痣の事も気付いてやれなくてすまない。少し考えれば分かる事だったのに。」
俯きながら大河さんが呟く。
「気にしないでください。大河さんが家に置いてくださるお蔭で、今後はもう新たな痣が付けられる事はありませんから。放っとけばそのうち治りますよ。大河さんのお蔭で、本当に助かっています。」
大河さんへの感謝の気持ちを込めて声を掛けてみたのだが、大河さんは物憂げな顔をしたままだ。
うう、空気が重い。車の中という狭い空間に、二人きりでこれは流石にきつい。
何とかならないか、と話題を考えてみるものの、長年友人がおらず、対人スキルも低い私が、昨日知り合ったばかりの人、しかも私を疎んでいると思われる人と会話をするだなんて、どう考えてもハードルが高過ぎる。次第に私は、考えても無駄だと思い始めてきた。
「……大河さんって、意外と乙女なんですね。」
「はあ!?」
何だかもう面倒臭くなってそう口にすると、大河さんは素っ頓狂な声を上げて、心外だとでも言いたげにこちらを見た。ちょっと今運転中! 前見て前!
「昨夜の事は気にしていません。意に沿わないまま無理矢理婚約、同棲させられた、大河さんのお気持ちも分かりますから。痣だってそのうち治ります。一生残る訳でもない、ましてや仮にそうであった所で、私はもう諦めてますから平気です。どうして私如きの事で貴方がそこまでウジウジ悩むのか、私には理解しかねます。」
「なっ……! てめ、女だったら、痣とか普通気にするだろ! ちょっとした傷とかでも喚いたり、もし火傷でもしたら嫌だとか言って、揚げ物料理しない女だっているし!」
「わぁ何て深窓令嬢。生憎こちとら怪我なんて日常茶飯事でしたから、傷の一つや二つなんて今更ですよ。大河さんの周りの美人で繊細なお嬢様方と一緒にしないでください。」
「くそ、本当に可愛くねーなお前!」
「ほーぉ。ではそんな事は一先ず置いておいて、取り敢えず台所用品買ってください。今日の夕食はピーマン尽くしにする予定なんですから。」
「ふざけるなコラァ!」
大河さんは運転しながら何か喚いているが、私はもう聞き流す事にした。
多少煩いが、隣のイケメンに辛気臭い顔をされているよりは、喚かれている方が数倍マシだ。
大河さんはぶつくさ言いながらも、遅いランチに連れて行ってくれた後、ちゃんと台所用品を買ってくれた。ついでにスーパーで食材も買い込む。リストに書いた物は全部買ってもらったし、取り敢えずはこれで大丈夫だろう。忘れていた必需品が出て来たら、また明日にでも買いに行けば良い。
何だかんだで家に帰るともう六時前だった。大量の服が入った紙袋を一旦そのまま部屋に置き、台所の整理と夕食の準備に取り掛かる。今日は何か食べに行くか、と大河さんが提案してきてくれたが、折角新鮮な食材が揃ったんだし、今日の感謝の意味も込めて夕食は作りたかったので、小一時間程待ってもらえるようにお願いしたら、大河さんは目を丸くしていた。何故?
ご飯を炊飯器にセットして早炊きにし、電子レンジで時短しつつかぼちゃと人参を煮付ける。その間に玉葱のお味噌汁を作って、鯵を焼き始める。昨夜もお昼もお肉だったから、お魚が食べたかったんだよね。焦がさないように気を配りながら、合間にキャベツとコーンとハムのサラダも作っていく。
作りながら、私は段々不安になってきた。継母と異母姉が味に煩かったので、料理の腕には多少の自信がある。だけど、私が作る料理は、大河さんの口に合うのだろうか? 天宮財閥の御曹司ともなれば、相当舌が肥えている筈。そんな人を満足させられる料理を、私は作れるのだろうか?
「へえ、どんな物が出てくるのかと思っていたら、結構まともじゃねーか。これが一時間で出来るってすげーな。」
食卓を見た大河さんが、感心したように呟いた。
「どうぞ、召し上がってください。お口に合うと良いんですが。」
二人で向かい合って食卓に着く。私は緊張しながら大河さんの様子を窺った。味見はしたから大丈夫だとは思うけれど、これで『不味い』とか言われたらどうしよう……。
「うん、割と美味いな。」
大河さんは私の料理を気に入ってくれたようだった。ほっと胸を撫で下ろし、私も箸を進める。
「お代わりありますので、足りなかったら言ってくださいね。」
「ん。お前もしっかり食えよな。」
大河さんは全て綺麗に平らげ、お代わりまでしてくれた。多めに作っておいて良かったと嬉しくなる。あまり時間をかけられなかったから、簡単に作れる物ばかりになってしまったけど、少しは髪や服のお礼になっていると良いな。




