102.努力……しています
「大河さん、今日は何処に行くんですか?」
「まあ良いから、一緒に来いって。」
週末、デートと称して大河さんに連れ出され、私達がやって来たのは、見覚えのあるお店。咄嗟に断ろうとしたものの、楽しそうな笑顔を浮かべた大河さんに腕を取られ、引き摺られるようにして、最上階のVIPルームに連れて来られてしまった。
「西条先輩、お久し振りです。」
大河さんは、ご丁寧に予約までされていたようだ。部屋に入ると、西条さんと岬さんが待ち兼ねていた様子で、嬉しそうに歩み寄って来られた。
「久し振りだな、天宮君、冴香ちゃん。」
「お久し振りです、西条さん、岬さん。」
「いらっしゃいませ。本日はご来店、ありがとうございます。こちらへどうぞ。」
私達はソファーに案内され、腰掛ける。
「そうそう、この間は出産祝いをありがとう。咲も喜んでいたよ。」
「いえ、おめでとうございます。送ってもらった写真見ましたよ。誠君、凄く可愛いですね。」
「だろう!? もう可愛くて仕方がないんだ! 我ながら親バカだけどな。今はまだ育児になれなくてドタバタしているけど、落ち着いたら招待するから、顔を見てやってくれよ。」
大河さんと西条さんがお子さんの話で盛り上がる傍らで、私は岬さんに婦人服のカタログを見せられていた。とは言っても、私は別に今ある服で十分だと思っているし、欲しい服がある訳でもないので、なかなか話が進まない。困っていると、大河さんが横からカタログを覗き込んできた。
「冴香、気に入った服がないのか?」
「いえ、そう言う訳ではないのですが……、今ある服で十分なので、必要性を感じないと言うか。」
ぽろっと本音を零したら、大河さんに睨まれた。
「お前な! ある服って言ったって、パンツばっかじゃねーか! スカートやワンピースは日を改めて、って言ったのはお前だろ! それに……。」
大河さんは耳元に顔を寄せて、小声で言う。
「痣が治ったらちゃんと言えって言っただろうが。とっくの昔に治っている筈なのに、全然言って来ねえし。」
「言う必要性を全く感じなかったので。」
私が口答えすると、大河さんは溜息をついた。
「お前な……。兎に角、お前はもっとお洒落に興味を持て。」
「そう言われましても……。まあ、努力は、します。」
私は口を尖らせつつ、頷いた。
確かに、大河さんに相応しくなるように頑張る、と言った手前、身だしなみにはもっと気を遣わなければならないだろう。せめて、大河さんの恋人として、胸を張って並んで歩けるようになりたいし。
分からないながらも、これからはファッションの勉強をしなきゃ、と決意した。
「頑張れよ。そうそう、ドレスも今後必要になってくるから、ついでに見ておくか。」
「ドレス……ですか?」
今一ピンと来なくて、ぽかんとしながら大河さんを見上げると、大河さんに呆れたような視線を返されてしまった。
「俺と婚約したんだから、今後パーティーに出る時とかに必要になるだろうが。」
大河さんの言葉に、西条さんと岬さんは一瞬目を丸くしたかと思うと、パッと顔を輝かせた。
「天宮君、婚約したのか!? おめでとう!」
「ありがとうございます。先輩には、直接ご報告したいと思って。」
「素敵ですね! 本当におめでとうございます! じゃあ堀下様、本腰を据えて選びましょうか!」
「は……はあ……。」
盛り上がった三人に囲まれ、特に岬さんの熱気に押され、私も真剣に服を選び始めた。私に似合う服やコーディネートの仕方等を岬さんに教えてもらったが、慣れないスカートやワンピースには、どうも違和感を覚えてしまう。だが、何故か大河さんが似合うと言っては、次々に購入を決めていく。
ちょっと大河さん、何着買うつもりですか。もっとお金を大切にしてくださいよ。
大河さんに抗議はしたものの、さらっと無視されて更なる着替えを要求され、漸く着せ替え人形状態から解放された頃には、私はすっかり疲れ果てていた。最後に、買って頂いたばかりのレモンイエローのワンピースと、白のカーディガンに身を包む。Vネックで胸下切り替えのワンピースは、低身長の私が着ても大人っぽく見えるデザインで、私も気に入った一品だ。
「大河さん、ありがとうございます。……ところで、本当にこんなに買い込む必要があったんですか?」
車の後ろに詰まれた服の山を見ながら、大河さんに尋ねる。
この前来た時よりも量が多いんじゃなかろうか。何だか申し訳ないと言うか、罪悪感が半端じゃない。
「これくらい普通だろ。次は婚約指輪を買いに行かなきゃな。どんなのが良いか考えておけよ。」
「まだあるんですか!?」
ファッションだけでも頭が痛いのに、指輪の事なんてさっぱりだ。先程決意したばかりにもかかわらず、私は思わず項垂れてしまった。
その後に立ち寄ったブライダルジュエリー専門店で、私よりも大河さんが楽しそうに指輪を選んでいた事は、言うまでもない。




