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【コミカライズ開始】ひねくれた私と残念な俺様  作者: 合澤知里
本編

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100/130

100.冴香の父親

大河視点です。

 「冴香、父親の事、本当に良かったのか?」

 祖父さんの家から帰る道すがら、俺は助手席で無表情のまま外を眺める冴香に尋ねた。


 父親が無関心だったせいで、冴香が暫く傷付いていた事は、まだ記憶に新しい。その事を思うと、いくら血が繋がっているとは言え、父親と呼ぶのも腹立たしくなるようなあの男に、手を差し伸べる冴香の心情が、俺には理解出来なかった。


 「ええ。私を引き取った父の意図が理解出来ないとは言え、助けられたのは事実ですから。まあ、その後の生活は、あの二人のせいで酷いものではありましたけどね。今父は相当追い詰められているようですから、あの時の借りを返そうと思いまして。まあそれから先の事に関しましては、私の知った事ではありませんが。」


 俯きながら、吐き捨てるように口にする冴香の横顔を観察する。目を伏せて唇を噛み締めるその姿は、まるで自分に言い聞かせているように見えた。


 きっと冴香は、何だかんだ言っても、父親を見捨てる事が出来ないのだろう。だけど、父親が自分に無関心である事も既に痛感している。一度は手を差し伸べ、その後は放置していた父親のやり方を真似ているのかも知れない。だとしたら、冴香はこの先、本当に父親とも縁を切る事になるのだろうか。

 感情を隠して強がる事が多いが、冴香は本当は繊細だ。今も無理をして、自分を偽っているように見える。たとえ自分に無関心であっても、傍から見て酷い父親であっても、冴香にとっては、父は父なのかも知れない。だとしたら、この干渉を本当に最後にしてしまっても良いのだろうか。それで、冴香は本当に後悔しないのだろうか。


 家に帰った冴香は案の定、夕食は何にしましょうか、と空元気を出していた。俺は冴香をソファーへと促し、膝の上に座らせて抱き締める。冴香は顔を赤くして慌てていたが、頭を撫でてやると、次第に大人しくなり、おずおずと俺の背に腕を回してきた。

 おお、冴香から俺に抱き付いてくるなんて、また一歩前進! ……って今は違うだろっ。何か、冴香を元気にする方法は……そうだ。


 「冴香、また肉じゃが、作ってやろうか?」

 俺が訊くと、冴香は驚いたように俺を見上げて目を丸くした後、心底嬉しそうに微笑んだ。


 「じゃあ、今度は一緒に作りましょうか?」

 「成程! それは良い考えだな!」


 それなら失敗しなくて済む! と俺が目を輝かせると、冴香は楽しそうに笑う。屈託のない冴香の笑顔を見て、俺は漸く安堵した。


 「……それにしても、結局大河さんの宣言通りになっちゃいましたね。」

 「宣言通り?」

 顔を赤らめながらも若干口を尖らせている冴香に、俺は首を傾げる。


 「『いずれ必ず俺に惚れさせてやる』って、仰っていた通りになってしまったな、と……。」

 冴香は照れたように俯きながら呟くと、急に俺の膝から退き、逃げるようにキッチンへ行ってしまった。


 ああ、そう言えば初対面の時に、そんな事を言った……ってちょっと待て!!

 冴香がデレた!! ちょっと拗ねたように、『俺に惚れた』って……! ああもう可愛過ぎるだろ!! ちょっと抱き締めて、いやもうこの際襲っちまっても良いかな!?


 「大河さん、じゃあ肉じゃが、作りましょうか。」


 だが、シンプルな黒のエプロンを身に着け、気を取り直したように微笑む冴香に、そんな事を出来る訳もなく。


 「……ああ。」


 俺は何とか表情を取り繕い、婚約祝いと称して敬吾と凛にプレゼントされた、冴香とお揃いのエプロンを身に着けるのだった。

 冴香を惚れさせたのは良いが、絶対に、俺の方が惚れ込んでしまっているよな、と密かに溜息をつきながら。


 ***


 後日、俺は堀下元社長を会社に呼び付け、天宮財閥の関連会社の営業職を紹介した。会社の経営能力は低いものの、堀下工業で培った人脈と、新規取引先の開拓能力を考慮した上での再就職先に、元社長は目を輝かせて飛び付いてきた。


 「本当は、貴方の事なんて見捨てるつもりだったんですがね。冴香のたっての願いなもので。」

 「冴香の……?」

 目を見開いた元社長を、俺はじろりと睨み付ける。


 「冴香を引き取るだけ引き取っておいて、その後は虐待されていても気付かない、無関心にも程がある父親に、情けなど無用だと思っていましたが、冴香はそうではなかったようです。貴方の無関心さに深く傷付けられながらも、一度は助けられたのだからと、貴方に職を紹介するよう、我々に頼んで来たんですよ。」

 「あ……あ……。」

 身体を震わせ、目にうっすらと涙を溜めていく元社長。


 「貴方のような男でも、冴香にとってはたった一人の父親のようだ。……まあ、冴香も貴方を助けるのは、これっきりにするようですがね。自業自得ですよ。」


 冷たく言い放つと、元社長は、涙をボタボタとスラックスの上に落とし始めた。俺は冷めた目で元社長を一瞥し、ソファーから立ち上がろうとした所で、ふと冴香が言っていた事を思い出した。


 「そう言えば、冴香が気にしていましたが、貴方は何故冴香を引き取ったのですか?」

 元社長は涙を流しながら、鼻を啜り上げて口を開いた。


 「冴香は……、私が心底愛し、将来を共にしたいと願っていた女性に……、あの子の母親に生き写しなんです。彼女とは、元妻との事があって、結婚する事は出来ませんでしたが、私と別れた後に妊娠に気付き、密かに子供を生んでくれていた事を後で知りました。彼女が亡くなったと知らせを受けて、せめてその形見であるあの子は引き取りたいと、家に迎え入れたのですが……、あまりにも母親に似過ぎていて、逆に顔を見るのが辛くなってしまい、次第に遠ざけるように……。それが、あんな事になっていたなんて……お恥ずかしい限りです……っ。」

 ボロボロと涙を流し続ける男に、俺は拳を握り締める。


 何だよ、それ!

 結ばれなかった冴香の母親を心から愛していたのは良いが、冴香を通して、母親しか見ていないじゃないか。もっと冴香自身の事をちゃんと見ていてくれたら、あいつはあんな目に遭わなかったかも知れないのに!!


 「貴方の都合で振り回され続けた冴香の事を、もっと良く考えてやってください。彼女は幼くして母親を亡くし、貴方に引き取られたは良いものの、父親は自分に無関心で、継母と義姉にはずっと虐待され続け、終いには金と引き換えに身売りさせられる羽目になったんですよ。……冴香は一体、どんな気持ちで、貴方への職の紹介を頼んだのでしょうね。」

 「……ッ……ウッ……ウアアアァ……ッ!」


 湧き上がる怒りを抑えながら、出来る限り冷静に言うと、ソファーに座っていられなくなったらしい男は、膝から床に崩れ落ちた。両手で顔を覆い、嗚咽を漏らして泣き続ける。どうにもやり切れない思いで、俺は彼を見下ろした。男に対する憤りと、少しばかり生まれた哀れみを、深い溜息と共に吐き出しながら。

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