10.イケメンの先輩はイケメンでした
仏頂面の大河さんに次に連れて来られたのは、WESTと言う大手アパレルメーカーのお店だった。服飾関係には疎い私でも流石に知っているくらいの、日本を代表する大企業の一つだ。ここで私の服を見繕ってくれると言う。恐れ多い。もっと安価な量販店の服で良いのに。
「これは天宮様、いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」
男性の店員に案内されて、エレベーターで最上階に上がる。通された部屋には重厚なソファーが備わっており、テーブルの上にはいくつも服のカタログがあった。も、もしやこれは噂に聞くVIPルームとやらではないだろうか? 大河さんは慣れた様子でスタスタと入って行くが、私は場違い感が半端じゃない。
「天宮君お待たせ。久し振りだな。」
勧められたソファーに座って部屋の中を見回していると、これまた凄いイケメンが入って来た。大河さんに勝るとも劣らない高身長で短い黒髪、はっきりした二重瞼、鍛えられた身体でビシッとスーツを着こなしている。大河さんよりも大人っぽい雰囲気を纏った、魅力的な男性だった。
「ご無沙汰してます、西条先輩。」
一緒にソファーに腰掛けていた大河さんが立ち上がったので、私も慌ててその場に立つ。目も眩むようなイケメンが二人……実に絵になるなあ。
「初めまして、お嬢さん。天宮君の大学の先輩で、当WEST銀座店支配人の、西条明です。どうぞ宜しく。」
「あ……初めまして、堀下冴香と申します。」
にっこりと笑った西条さんは、ご丁寧に私に名刺を渡してくれ、慌てて恐縮しながら頭を下げる。西条さんがソファーを勧めてくれたので、再び大河さんの隣に腰掛けた。西条さんが向かいのソファーに座ると、先程の男性店員がお茶を持って来てくれた。凄い、至れり尽くせりだ。
すっかり圧倒されてしまった私は、ギクシャクとした動きで少しずつお茶を頂きながら、親し気な二人の会話にひたすら耳を傾けていた。
「今日は奥さんはいらっしゃらないんですか?」
「ああ。咲は今産休中なんだ。」
「そうなんですね! おめでとうございます!」
「ありがとう。あと一ヶ月程で生まれる予定なんだ。いよいよ俺も父親かーって、凄く楽しみにしている。咲は生まれた後も育休を取るから、当分店に来られないんだ。今日は冴香ちゃんの服を探しに来たのか? 咲が居れば適任だったんだけど、悪いな。」
「とんでもない。おめでたなんですし、お大事にしてもらわないと。」
「そう言ってもらえると助かる。代わりの女性スタッフを呼ぶから、それまで冴香ちゃんはカタログを見てもらっていても良いかな?」
西条さんは私に婦人服のカタログを勧め、私がペラペラとページを捲っている間に、電話で指示を出していた。暫くして扉がノックされ、長いストレートの茶髪を後ろでスッキリと一つに束ねた、感じの良い女性が入って来た。岬さんと言うそうだ。
「冴香ちゃん、何か気に入った服はあった?」
西条さんに訊かれた私は、戸惑いながらも、シンプルな長袖のシャツやブラウス、パンツを数点ずつ挙げていく。
「お前、パンツばっかじゃねえか。スカートやワンピースも見てみろよ。」
大河さんの言葉に、私は硬直した。
そんな服、今は着れない。今着るならせめて足首まであるレギンスでもないと。
「……沢山あり過ぎて決められないんです。今日はトップスとパンツだけにして、スカートやワンピースはまた日を改めさせてもらっても良いですか?」
「日を改めるなんて面倒だろうが。良いからさっさと選んでしまえよ。何なら俺が選んでやろうか?」
横からカタログを覗く大河さん。駄目だ、遠回しに言っても悟ってもらえそうにない。こうなったら直接言わないと、と大河さんの耳を借りる。
「腕みたいな痣が足にもあるので今は無理です。」
「! ……悪い。」
小声で耳打ちすると、大河さんは顔色を変えて項垂れてしまった。
え? いやちょっと何で落ち込むの? 西条さんも岬さんも不思議そうな顔で見てるんですけど。
「今日の所はこれだけでも構いませんか? 他の物はまた次回にさせて頂きたいのですが。」
妙な空気になってしまった場を取り繕おうと、出来るだけ明るい声で言うと、西条さんは笑顔で頷いてくれ、岬さんは服を取りに行ってくれた。
岬さんは私が選んだ服だけでなく、お勧めだと言う服も持って来てくれた。数点服を選んだだけなのに、既に私の好みを把握してくださっているようで、流石としか言いようがない。岬さんに促されて、続きの小部屋で服を試着させてもらった。
新品の服に手を通すなんて久し振りだ。やっぱり体に合っている服って良いな。自然と気持ちが浮き立ってくる。白のフレアブラウスと、紺のパンツに身を包んで、姿見を確認してから小部屋を出た。
「如何ですか? 堀下様にとても良くお似合いだと思いますが。」
「はい。凄く着心地が良いですね、この服。」
「へえ、良いじゃん。似合ってるんじゃねーの?」
皆さんにおだてられて嬉しくなる。
「こちらのストライプシャツも如何ですか? 今お召しのパンツにも合いますよ。」
「あ、でもこれ七分袖ですね。私、長袖の方が良いので、こっちの方を試しても良いですか?」
調子に乗って色々試着していたら、何時の間にか私が試着した服は、全部大河さんが買ってしまっていて愕然とした。
ぜ……全部って。何着あると思っているんですか。後でまたそこから絞り込もうと思っていたのに。
私は慌てて抗議したものの、大河さんは完全スルー。しかもまだ満足していないようで、更に選ぶように勧められてしまった。痣が治った後で改めてスカートやワンピースを選ばせてもらうから、と説得には成功したものの、かなり骨が折れてしまったので、次回は予めもっと絞り込んでから試着しようと決意した。セレブって怖い。




