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1.お見合いする事になりました

 「お見合い!? 嫌よ冗談じゃない!!」


 バン!! とテーブルを両手で叩く音と共に立ち上がり、広いリビングに金切り声を響き渡らせた異母姉に、隣に座っていた私は思わず顔を顰めた。


 「舞衣まい、お前にはすまないと思っている。だが、考え直してくれないか? 天宮あまみや財閥の援助が受けられないと、このままでは会社が潰れてしまうんだ。」

 「だからって、何で私があんな遊び人とお見合いしなきゃならないのよ!!」

 「舞衣の言う通りよ、貴方!! 会社の為に舞衣を犠牲にする気なの!? そんな事絶対に許さないわ!!」


 正面からは異母姉に怒声を浴びせられ、隣からは継母にも猛反対され、父は眉間に皺を寄せ、沈痛な面持ちのまま項垂れている。

 父が経営する会社の苦境は分からないでもない。だが、その頼みは無理と言うものだ。自分が一番でないと気が済まない、女王様気取りの異母姉が、日替わりのように美女達と浮名を流している男との見合い話など、首を縦に振る訳が無い。たとえその相手が、天下の天宮財閥のイケメン御曹司であってもだ。

 無駄と分かっている筈なのに、父は何とか説得を試みようと口を開く。だがその度に、継母と異母姉に怒鳴られ、喚き散らされ、その勢いに負けて段々と言葉少なになっていった。


 ねえ、私、別にここに居なくても良いよね? もう部屋に帰っても良いかな?

 延々と続けられる喧噪にうんざりし、こっそりと溜息をついた時だった。


 「どうしてもお見合いしなきゃならないのなら、冴香さえかで良いじゃない!! この女に押し付けなさいよ!!」


 へ?

 怒鳴りながら私を指さした異母姉に、私は思わず目を丸くした。

 何という飛び火。如何に女癖が悪いとは言え、普通に考えれば玉の輿間違い無しの、大企業のイケメン御曹司との見合い話など、私には全く関係ないと思って完全に油断していたわ。

 ……待てよ? これってもしかして上手く行けば、この家を出られるんじゃないの!?


 そう閃いた私は、高揚し始めた気持ちを抑えながら、そっと父の様子を窺う。父は困り果てた顔で、藁にも縋るようにじっと私を見つめていた。

 え? 先方さんはその女を指名している訳ではないって事? お父さんの娘でありさえすれば、本当に誰でも良いんだろうか。私、外見も中身も釣り合わない自信あるけど。


 「冴香……引き受けてくれないか?」


 本当に!? 良いの!? やったあぁぁ!!

 と、いう心の声はおくびにも出さない。あくまでも嫌そうに見えるように、出来るだけ顔を歪めて俯く。こうしておかないと、後で態度が気に入らない、と継母と異母姉に難癖を付けられるのが目に見えているからだ。


 「……分かりました。」

 肩を落としてついでに溜息もつく。しおらしく答えて見せれば、安堵したように表情を緩める父と、ニヤリと意地悪く笑う継母と異母姉が目に入った。よし、何とか上手く行きそうだ。


 「ありがとう。助かるよ冴香。」

 別にお父さんの為じゃないけど。


 降って湧いたこの幸運に、内心ガッツポーズでもしたい気持ちを抑えながら、ぼろが出ないうちに、私は項垂れてショックを受けているように装いながらリビングを離れ、自分に宛がわれた部屋へと向かった。


 ***


 私は母子家庭で育った。小学六年生の時、母が事故で他界した。母の他に身寄りもなく、途方に暮れる私の前に、父を名乗る男が現れ、私はその男の家に引き取られた。堀下ほりした工業という中小企業の社長である父の家は、最早屋敷と言える程大きく、呆気に取られていた私の前に、父の妻と、私と同い年の娘が現れた。そこで私は初めて知らされた。私は不義の子だという事を。

 ショックも冷めやらぬ中、地獄のような日々が始まった。継母と異母姉から汚物を見るような目で蔑まれ、罵声を浴びせられ、全ての家事を押し付けられ、気に入らなければ殴る蹴るの暴力に食事抜きの罰。父が仕事にかまけて家庭を顧みないのを良い事に、愛人の娘を憎む継母と、異母妹である私が気に入らないと言う異母姉から、奴隷のような扱いを受けた。

 学校にも居場所なんてなかった。私は通っていた小学校から転校させられ、以降は小中高と異母姉と同じ学校に通わされた。同学年に誕生日が数ヶ月違いの姉妹がいるとなれば、自ずと家庭事情にも想像が付く。異母姉が取り巻き連中を使ってある事ない事言いふらし、泥棒猫に父を取られた可哀想な子、という悲劇のヒロインさながらのイメージを植え付け、同情と注目を集めてほくそ笑む一方で、私は愛人の娘だと、いつもクラスメートから白い目で見られ、時には苛められ、孤独に耐えながら過ごしていた。高校を卒業した今は、大学に通う異母姉とは対照的に、完全に家政婦扱いされ、夢も希望も無い日々が続くばかり。


 だから、この見合い話は、私にとって天の助けだった。


 傾きつつある父の会社への資金援助と引き換えにもたらされた、取引先の大企業、天宮財閥の後継者予定の御曹司との見合い話。噂によると彼は相当女癖が悪いらしく、毎日のように美女を取っ替え引っ替えしているそうだが、私にはそんな事はどうでもいい。この家を出る事が何よりも先決だからだ。相手がどれ程の遊び人なのかは知らないが、奴隷扱いの今よりもましな日々を送れるに違いない。この見合い話、必ず成功させて家を出る、と私は固く決意したのだった。

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