第6話 帰還
妖精の森シルフェニアを抜け、辿り着いたのは。
《リッター卿》の治める領地〔リッティ〕。
町を複数抱える程の面積は無いが。
シルフェニアと接続している事も有って、重要な地と言う認識。
南東には、1つ領地を挟んで。
曽て領主《レインズ卿》との政略結婚の為、馬車が向かっていた〔ブレイア〕がある。
国王打倒を密かな野望として抱えていたレインズ卿も、リッター卿の尽力や錬金術師のネットワークの前に今は沈黙していた。
屋敷により、これまでの経過を報告するラヴィ達。
そしてリッター卿の働きに、感謝の意を述べる。
リッター卿は笑って応え、これからのサポートも約束してくれた。
そしてラヴィ達は出立した。
リッティから南へ移動。
街道を通る途中で、ふとラヴィは歩みを止める。
そこは、馬車に乗っていたラヴィとセレナが襲われた場所。
そして、あいつと初めて会った場所。
思えばここから、自分の野望を叶える旅が始まったんだ。
感慨深くなるラヴィ。
でもここには何も無い。
あの馬車の痕跡も。
倒れた兵士の痕跡も。
そして、錬成された金も。
街道の横に広がる森の中をジッと見るラヴィ。
あの中に、あいつの家は在った。
自分のせいで、あいつは居場所を失った。
私には、あいつの安住の地を作る義務がある。
それがせめてもの罪滅ぼし。
そうつくづく思うラヴィ。
ここは、錬金術師に理解を示す領主【クラウヅ卿】の治める地【フワン】。
その中心地【タクソン】は、あいつが住民と懇意にしていた町。
聞いた話では、そこに居る両替商の所で金をお金に換えて生活していたらしい。
特別な地なのだろう。
いずれ、クラウヅ卿とも話し合いをする必要が有るかも知れない。
あいつの為に。
そう考えながら、タクソンの町を通過して行った。
逃避行から、国境の争いを止める旅へ。
そして敵国へ使者として潜り込んだ旅へと続く。
その旅路を逆に辿りながら走り続け。
とうとう最終目的地に到着。
グスターキュ帝国の首都〔アウラスタ〕が在る、国王の直轄地【チュシェ】。
ヘルメシア帝国の帝都〔ガティ〕が在る支配地域、〔シルバ〕に匹敵する規模。
但し人口は直轄地内で分散しており、アウラスタを中心として周りに衛星都市が幾つか在る。
その中の1つ、チュシェから西方にある町【ケミスタ】。
そこに、アンの実家である錬金術師宗主家《ベルナルド家》の屋敷が在る。
タクソン側に在る町【ヌーブ】を通りチュシェに入ると、馬を止めるラヴィ達。
そう、ここでアンともお別れ。
これまでの経緯と兄の様子を、実家へ報告しに行くのだ。
3人共、馬から降りる。
アンがラヴィに言う。
「いろんな所を周れて、楽しかったわ。」
「こちらも、世話になったわね。」
「まあすぐに、旅も再開するでしょうけど。」
「そうね。また会いましょ。」
「ええ。」
そう言って握手する、アンとラヴィ。
その上に、セレナが手を重ねる。
「アン、今までありがとう。また宜しくね。」
「セレナも報告、しっかりね。」
「分かってる。」
握る手に力が入る。
これまで苦労を共にしてきた者同士。
強い絆が結ばれていた。
そしてアンは独り、実家へ向かう。
振り返らないアン。
また会えるから。
真っ直ぐ前を見据え、歩んで行く。
その逞しい姿に、発奮するラヴィとセレナだった。
2人になってしまった一行。
さて、どうする?
大っぴらには宮殿に入れない。
仕方無い、あそこから行くか。
王家しか知らない、隠し通路。
それは緊急避難の為に用意された物。
ラヴィは幼い頃、外の様子が知りたくてそれを何度か使おうとした。
しかしその度に、出口付近の騎士の詰所に阻まれて来た。
出口そのものは、蔦に覆われて。
パッと見、区別が付かない。
それでも騎士の姿が見えると、『捕まって戻されてしまう』と子供心に恐怖感を抱き引き返していた。
今は違う。
何としても宮殿に戻り、お父様に報告しないと。
使命感が恐怖心を払拭していた。
馬を乗馬施設へ預け、ラヴィとセレナはそっと蔦へと近付く。
そして詰所の中に石を投げ込む。
何事か!
騎士達が騒いでいる内に、スルッと蔦の奥へ潜り込む。
まんまと隠し通路へ入り込んだ。
子供の頃は余裕で歩けたのに。
天井が低く感じる。
それだけ成長したと言う事だろう。
中腰の姿勢で歩いて行く。
段々腰が痛くなって来た。
グッと堪えて進んで行く。
一旦休もうかと考えるまで、腰痛が酷くなって来た時。
前にある、壁の様な物から隙間が。
そこから差し込む光を見て、俄然元気が湧いて来る。
やっと着いた!
そして目の前の木製の蓋をそっと開けると。
そこは、女中の待機所だった。
人が急に現れて、驚く女中達。
悲鳴を上げようとする彼女達にバッと顔を見せ、『しーっ!』と言うラヴィ。
皆、慌てて口を押える。
女中はラヴィ、いやマリーがリッター卿の元に居ると知らされていたのだ。
突然の帰還。
しかも、幼い頃良く出入りしていたこの部屋に現れたと言う事は。
秘密裏に動いている。
そう察した女中達。
それ位分からなければ務まらないのだ。
ラヴィとセレナを女中の服に着替えさせて、2人を取り囲みながら国王の間へ。
使者などと謁見する豪華な空間とは別に、王の個室がある。
それは何処も同じ。
そこには王の許可無くしては、例え側室だろうが正室だろうが入る事は出来ない。
子供や孫も然り。
そこで。
ティータイムのタイミングで女中に紛れて、拝謁を願う。
錬金術師から国王へ情報を届けるのは、女中の役目。
執事は置いていない。
男は腕力が強いので、暗殺者が入り込む余地を作ってしまう。
その点女中なら、男よりは腕力が劣る。
それに集団で生活しているので、少しでも怪しい動きをすれば簡単にバレる。
女中の長が、国王の間のドアをノックする。
トントントン、トントン、トントントントン。
〈3回、2回、4回〉は《情報伝達の議有り》と言う暗号。
『入れ』と中から声がした。
ラヴィにとっては、懐かしい声。
『失礼します』と女中長に続いて、変装したラヴィとセレナが入室。
『外におります故』と、女中長はラヴィに囁いて部屋の外へ下がる。
領主の屋敷に在る応接間。
その面積の4倍程の広さ。
その正面奥に、執務用の机と椅子。
決して豪華では無いが、しっかりとした作り。
その椅子に腰かけている男性こそ、国王《アウラル2世》。
机から2メートル程距離を取り、膝間付くと。
ラヴィが挨拶する。
「マリアンナ及びエレミリア、ただ今ご報告の為参上致しました。」
俯いていた顔を上げると。
そこには、父親の顔になっていた国王が。
そして笑いながら、優しく声を掛けた。
「お帰り。」