第2話 思わぬ選択肢
深い深い、闇の様な森。
そこを通過している途中で。
見覚えの有る人物が現れる。
「よお。久し振りだねえ。」
「リゼ!」
元盗賊団 《スティーラーズ》の長。
今は、盗賊の巣を諜報機関 《アイリス》へと変貌させたリーダー。
国中に仲間が散り、情報収集に汗を流す。
より高く売りつけられそうなネタを、常に狙っている。
それはスクープなのか、スキャンダルなのか。
ゴシップ紛いでも良い。
それを揺すりに使おうが、知ったこっちゃない。
悪どい部分は残しつつも、別の何かに変わりつつ有った。
そんな組織を率いる者が。
直々に参上。
それは勿論、情報をゲットする為。
こいつ等は、国の未来に関わっている。
デカい代物を持っているに決まっている。
しかし下っ端が探った所で、上手く誤魔化されるだけ。
なら、顔見知りのあたいが出向くまで。
丁度良い、《金ぴか》の面でも拝んでやるかねえ。
そう考えていた。
しかし、お目当ての彼は見当たらない。
ラヴィが答える。
「残念ね。一言言いたかったんだろうけど、あいつは一緒じゃ無いわよ。」
「何だい、詰まんないの。」
がっかりはするが、それは厄介者が1人減っていると言う事。
好都合。
ところで、リゼには気になる男が。
「あいつの服を着ているのが居るねえ。あんたが捕まってた奴かい?」
「賊上がりの者に、名乗る義理など無い。」
「つれないねえ。あたい達も手伝ったってのに。」
プクーッと膨れっ面になってみる。
それでもそいつは動じない。
仕方無く、ラヴィが声を掛ける。
「一応協力者だったからさ、名前位は教えてあげたら?」
「そこから付け込まれる恐れも……。」
そう心配するが。
リゼが焚き付ける。
「名乗れない程、後ろめたい事を持ってるのかい?やだねえ。」
「違う!そんな事は断じて!」
「じゃあ名乗りなよ。ほれ。」
「くっ、仕方あるまい……。」
そう言って、一呼吸置いた後。
「……デュレイだ。」
「何だって?良く聞こえないねえ?」
「デュレイだ!もう良いだろう!こっちは急いでるんだ!」
「会談成功の報告に、かい?」
「何っ!」
もうここまで知れ渡っている。
と言うより、『アイリスの情報網が整備されつつ有る』と言う事だろう。
デュレイのリアクションで、情報が正確に伝わっているか確認した。
『まんまと利用された』と怒るデュレイ。
それを制して、アンが馬から降りると。
リゼに向かって話す。
「あんたの知らない、【取って置き】を教えてあげる。」
「凄い情報なんだろうね?」
「人によっては違うだろうけど、少なくとも《あんたには》ね。」
「早く!焦らすんじゃないよ!」
「はいはい。」
そう言って、アンに耳を貸すリゼ。
ボソボソボソ。
アンが話すと。
顔色が見る見る変わる。
思わず『ドンッ!』と突き飛ばし、焦り出すリゼ。
「何で!お前が!それを!知ってる!」
「やっぱりね。兄様の予想通りだわ。」
そして無理やり、リゼに追加情報を押し付けるアン。
リゼの顔は、最早ぐしゃぐしゃになっていた。
アンが言い放つ。
「その情報をどう料理しようが、あんたの自由よ。好きにすると良いわ。」
「この小娘……!」
アンを睨み付けるリゼ。
そしてその視線は、デュレイにも向けられる。
ガティの町に在ったスラム街〔スラッジ〕で、デュレイが聞いた事。
アンとその兄は念の為、その内容を聞いた。
そして確信した。
デュレイには真実を伝えていないが。
曽てデュレイがスラッジに潜入し、探していた少女。
ヘルメシア帝国12貴族の1家ゲズ家の娘で、女中と一緒に逃亡して行方不明になった者。
それがリゼ。
ゲズ家は、滅ぼされる寸前にまで追い込まれている。
しかし長年の時を経て、行方が判明した。
それを知るのは、アンとその兄だけ。
それを結び付けたのが、【ブローチ】と【ネルと言う名前】。
別の12貴族の娘と出会った時、その証として下げていたブローチと。
前にリゼを捕まえた時、その胸元から見えたブローチが。
ほぼ同じだったのだ。
そして、デュレイがスラッジで話を聞いた《ネル》と言う女性。
逃亡中のゲズ家の娘らしき者と仲良くなり、一時期良く遊んでいたと言う。
ネルが見かけたと言う、〔形見と言っては良く眺めていたらしきブローチ〕もまた。
それと同じ。
『向こうが覚えていれば』とネルは言っていたが、リゼは忘れていなかった。
機関の名前の由来となった少女アイリスと同様に、楽しく過ごした数少ない想い出。
忘れられようか。
思わず涙が込み上げる。
アイリスは居なくなってしまったけど、ネルは今も生きている。
それだけで嬉しかった。
その上で、アンは突き付けたのだ。
これからの選択を。
ネルに会うのか、会わないのか。
ゲズ家を再興するのか、放って置くのか。
何と言う、残酷な選択肢。
今すぐには選べまい。
だからアンは、期限を設けなかった。
『自由にしろ』とだけ。
リゼにとって、これ以上の情報は無いが。
同時に自分の出自に関する事なので、口外出来ない。
自分が狙われてしまう。
それは、組織アイリスの存亡を賭ける事になる。
そっと心にしまう事にしたリゼ。
それを見て、アンは静かに頷く。
誰にも言わないわよ、安心しなさい。
それが兄様の意思だもの。
アンの意思を確認すると。
リゼはすぐに、ラヴィ達の前から姿を消した。
彼女が自分の人生に結論を出すのは、もう少し先の事となる。
森を無事抜けると。
いよいよ残るは、12貴族の1家《コンセンス家》が治める地域〔スコンティ〕。
その中に、関所の町〔ブロリア〕が在る。
そこはデュレイの終着点。
1つの別れが迫っていた。