Part-01 マスターの騎士として。
訳が分からなかった。
屋上から飛び降りて、確かに空中に居るような浮遊感を感じた。
だけど次の瞬間、視界が開けたと思ったら身に覚えのない場所にいて、さらに身に覚えのない女の子が目の前居たんだから。
女の子は後ろを向いて、机に向かって何かをやってるように見えた。
でも、自分にとってはそこが問題ではない。
ここは何処なのか、何が起こったのか。疑問だらけで状況が整理できなかった。
「・・・え?」
思わず間抜けな声が出る。
声を出した瞬間、少女が振り向いた。
ロングヘアの黒髪、身長は140cmくらいか。年は自分と変わらないくらいな気がする。
アニメのキャラクターにこういうの居そうだな、とか思ってると、少女が話しかけてきた。
「・・・召喚成功ね。んでもって、貴方は一体誰なのかしら?」
召喚成功。
・・・召喚って事は、自分はこの女の子に呼び出されたという事になる。
無論、現代に召喚とかいう技術がある訳でもなく、つまりは別の世界という事になる。
つまり、自分は異世界に召喚されたのか?
そんな小説まがいな事が起こる訳がない。だが、目の前の状況は夢じゃないと思う。
何も答えられずに固まっていると、少女がゆっくりと歩いてきた。
そして、再び質問を投げかける。
「貴方の名前は何かしら?」
顔に手を当てて、優しい微笑みをしながらそう聞く女の子に、自分は戸惑いを隠せない。
元の世界なら、学校に居るだけで人気者になるレベルである。
もしかしたら、芸能プロダクションとかのスカウトが寄ってくるかも知れない。
「僕の名前は・・・」
自分の名前を言おうとして思いとどまった。
自分は前世で自殺したのだ。なら、前世の自分と今の自分は違う。
前の名前を名乗る事はない。
なら。
「-ツヴァイ。ツヴァイと言います。」
自分はドイツ人と日本人のハーフ。
ツヴァイ。zwei。ドイツ語で、数字の2を意味する。
第二の人生という意味の兼ねて、と思った。
「・・・ツヴァイ、ですか。分かりました。よろしくお願いします。」
少女はふっと微笑むと、背を向けて立ち去ろうとした。
あわてて呼び止める。
「え、ちょっと・・・。名乗らせといて放置はないぞ!?君にも名前あるよね?」
そういうと、女の子は動きを止めた。
背を向けたまま、また口を開く。
「・・・名前は言いません。その代わり、私を《マスター》とでも呼んでください。」
「・・・はぁ?マスターなんて、主従関係の仲じゃあるまいし・・・」
「私は、貴方を騎士として召喚したのです。なら、貴方は私に従ってもらうまでですよ。」
ちょっと何言ってるのかわからない。
つまり、自分はこの女の子に騎士として呼び出された訳か。
いきなり呼んでおいて、名前も名乗らずマスターと呼べ、そして従えか・・・。
「分かりました。僕は君の騎士として従います。」
思いつきで、ゲームのような台詞を言っちゃった、恥ずかしい。
だが、この言葉を言った後、驚いた顔で振り返るマスター。
何かおかしいこと言ったかな?
「・・・怒らないのですか?」
「え?」
「だって、どこからか勝手に召喚されて、勝手に騎士を命じられ、そして私のような者に従えと言われて。」
腹は立ってない、というのはウソになる。
だけど。
「自分、一回死んでるんですよ。」
「・・・」
「高い場所から飛び降りて、投身自殺して。そこで、マスターの召喚魔法?で呼び出されたのです。ですから、文句など言えません。」
前世ではイジメに耐え切れず自殺した。
せめて、この世界でこの少女・・・マスターの騎士役として暮らすのも悪くない、と思った。
「そう。なら納得がいくわ。」
マスターはそう言うと、そのまま歩き出した。
自分のあわててその後を追う。
「まずは、騎士らしい格好が必要ね。ずぶ濡れの見た事ない民族衣装の騎士なんて、聞いたことないもの。」
あ、そうですよね。
でも、学生服を民族衣装って・・・。
こうして、マスターの騎士、ツヴァイとしての日々がスタートするのだった。