入学式 謎の会話
水鉄砲が止み、全て膜の中に閉じ込められると、大きく膨らんだ膜は急激に縮んでいき、バレーボール程の大きさになった。
景子様はその球体を手に取り、脇に抱えた。
「あたしってやっぱりツイてるわ」
笑顔でつぶやいた意味不明の一言に、空気がビリッと引きつる。やばい、怒ってる?
すると先生の集団が金縛りが解けたように一斉に動き出し、魔法を放った男子を取り押さえた。
「ミコ、あたしはずっと不思議だったの」
景子様は壇上から降りながら、阿ノ田中校長に話しかけた。
「本当は今頃、行きつけのエステでマッサージとネイルとヘアカットしてもらいながら、この国のプライムミニスターとおしゃべりするはずだった。半年前からそういう予定だったの。にも関わらず、あたしは今、ここにいる」
「……それが何か?」
校長が尋ねると、景子様は「うふっ♪」と巨大イチゴパフェを前にした時のような笑顔になった。
「来たのよ、ついにあそこに旅立つ時が」
「じゃあ、この子どもがあなたの表現で言う【宇宙人】だと?」
「いえ、多分その子じゃない。でもその子があたしを【エイリアン】まで導いてくれる」
二人の会話に、周囲はポカンとしていた。もちろん、あたしも。ちゃんと日本語で会話をしているのに、何を言っているのか全く分からない。
「ミコ、ということでちょっと話聞きたいから、部屋貸してくんない?」
「では一階の指導室に。鍵の開け方は知っているでしょう?」
「問題児だったからね♪ あたしの故郷のようなもんだわ」
「では先生方、その生徒を指導室に」
魔法を放った男子は抵抗する様子はなかった。あの一発で全ての力を使い果たしたのだろう、ぐったりとしていて、立っているのもしんどそうだ。
「僕も手伝います」
男子の肩を支える先生に、無為が声をかけた。
「まだ入学式は終わっていないから、君は座っていなさい」
「彼は今話せる状態じゃありません。僕は入学式が始まる前に彼と話をしていました。だから彼についていくつか話せることがあります」
先生が校長の方を向いた。校長は無表情のまま、景子様に目を向ける。
景子様は両手をほほに当てて、照れた素振りをした。
「まだまだあたしも捨てたもんじゃないわね」
「……では、あなたも一緒に行きなさい」
「ありがとうございます」
頭を下げた後、無為とパッと目が合った。あたしが(どうしたの?)と聞くように目を大きく見開くと、弟は口だけ笑みを浮かべて片目を閉じた。
そのしぐさが(ついでにサインもらってくるよ)と言っているように見えたので、あたしは眉間に皺を寄せたけれど、やめなさいと返事をする前に振り向いてその場を去って行ってしまった。
鉄の扉のしまる音が、会場に大きく鳴り響いた。
校長が即座に両手を叩いて、空気を切り替える。
「お騒がせしました。入学式を再開しますので、みなさん前を向いて下さい」
校長が再び壇上に移動する間で、美人さんがあたしを肘で突いた。
「ねえ、今の、彼氏?」
なんだかすごくニヤニヤしている。確かに、そーゆー話題が好きそうだな。
あたしは前を向いたまま、わざとそっけなく答えた。
「血が繋がっていなければ良かったんですけれどね」
それにしても今日の無為、なーんかおかしいんだよなあ……