泉 三色の手
「さあ、何が出るやら楽しみだねえ」
――――ドクドクッ、ドクッ。
収縮を繰り返す心臓に送り出され、経験したことのないドロドロしたものが全身に流れていく。それは首筋の太い血管を通って脳にまで達し、頭がぐわんぐわんと鳴りだす。それに従って、あたしの中で暴れ狂う負の感情が徐々に凝縮され、みぞおちの下の異物の内部へと――――
『……なななんんんんだだだだだ、おおおおお前前前前前』
異物から、いや森の全方向から? 一人の声が幾重にも重なって届く。
『……フフフッフフフッフフフッ、なななななぁるるるるほほほほどどどどどぉ。おおおおおおおおおまままままぁええええええががががががああ―――――』
キィィィンッ、と耳に響く金属音。
みぞおちの下部にある異物がゴリゴリと形状を変えていき―――
『――処女、待っていろ。すぐにお前の全てを喰ってやる』
という音と共にあたしの腹部から黒い腕が勢いよく飛び出した。
腹部はブラックホール状に電気を帯びており、まるでファンタジーホールのようだ。
「これは……ヒャヒャヒャヒャッ、とんでもないことになったヨ」
ダダダヂダ先生の興奮した笑い声が耳に響く。
腹部から現れた腕。その手首の先からは三つの手が生えていた。赤い手、青い手、そして黒と白の繊維が絡み合ったような灰色の手。
気が付くと、あたしの目からは涙が流れていた。
「……な、なんだ……これ。これが“負の開発”? オヤジから聞いた話と全然違うじゃねえかよぉっ!」
涙でゆがんだ視界。
あたしを見て、瀞井が異常に怯えている。
「瀞井クン♪」
黒い膜に包まれているダダダヂダ先生が口を大きく開けた。
「協力してくれた礼だ、冥途のみやげが欲しかろ」
その時、ダダダヂダ先生のぽっかりと空いた口から黒い液体が瀞井目がけて噴出された。
普通なら避けようとするはずだろうけど、なぜか瀞井は微動だにしなかった。
滝に打たれるように全身が瞬く間に黒く染まっていく。
「そのよだれは反魔法属性。これで黒い腕の魔法は99%無効化される。運次第では命だけは助かるかもヨ」
さて……とダダダヂダ先生があたしを見た。
「ムニ、我が娘。こんぐらちゅれいしょんだヨ。これでお前は魔法を使える。ちょっと扱いが難しいが、まあナイフを振り回すよりよっぽど魔法使いらしく戦えるだろうヨ」
「ダダダヂダ先生、」
どうしよう、助けて……
「……止まらないの」
黒い腕の根元にある、みぞおちの下の黒い物質。
その意志が腹部を通してあたしに伝わってくる。
『今から魔法を使います』と――――
「止まらなくていいのヨ♪」
「……イヤッ」
そしてあたしの意志とは無関係に、萎れていた三つの手の中から赤い手だけが動き出す。黒い腕が真っ赤な手を広げると、キインと耳に刺さる音がした。
――――攻撃魔法だ。
ビー玉程の高密度の炎の球が手の平に発生する。そして一秒後――――
「あっ、ダメぇッ!! 爆発しないで!!」
――――そう思った時、すでに風景は赤く染まっていた。
「……あっ、」
周囲数十メートルに立っていた樹木たちは、火を上げる間もなく炭と化して消えた。
空間は蜃気楼に包まれたようにぐにゃりと歪んでいる。
「嘘……なんで、」
「ゴポゴポゴポゴポゴポ……」
その時、焼け野原と化した大地に立つ、黒い形をしたものを見た。
赤く燃え盛るその物体の内部から、くぐもった重低音が鳴り響いている。
表面に塗られた黒い液体がバチバチと蒸発するように弾け、辛うじて炭化を免れているようだ。
これ……もしかして、瀞井?
「ゴポゴポゴポゴポゴポ」




