泉 セクシーな女神の到来
その後、あたしは身を隠すために、樹木の密集した場所で特に木陰の濃い一帯を探し、木に登った。
葉の多い枝の上で、今後の方針を練る。
(まずは一勝することだ。そうすればダダダヂダ先生からヒントが貰える。たった一つのヒントでは役に立たないかもしれないけれど、でもあたしが魔法を使えるようになる可能性が開ける。もし魔法が使えるようになればまともに相手と戦える――)
――とそこまで考えて、あたしは一人で笑った。なんだあたし、やる気満々じゃない。日本全国から集まって、倍率29.3倍の中を勝ち抜いた人たち相手に。
(でも、できれば戦う前に何人か降参してくれないかな)
いくら何でも三十八人は多すぎる。長期戦に持っていかないと負ける。逆に言えば、相手は短期戦に持っていこうとするかもしれないな。まあもしやられても簡単には“参った”って言わないけれど。
(でも、やっぱり武器一つないのってキツイなあ……)
そう言えばファンタジーホールは? ファンタジーホールから現れた“泉”の魔物を一掃するのが一年生の日課だから今はいないだろうけど、いつまたファンタジーホールが森に現れるか分からない。先生たちはファンタジーホールの出現場所や大きさを変えることはできるけれど、出現場所を大幅に変えたり、出現自体を止めることはできない。
(……今のうちに食料を集めた方がいいか)
あたしは山菜やキノコを探そうと思い、木を降りた。鐘が鳴ってからまだ十五分ぐらい。泥を塗るために三分ほど立ち止まったけれど、それ以外はずっと歩き続けてここまで来た。普通に一~二時間は誰にも会わないと思う。
(なんかサバイバル生活みたいになってきたなー)
幸い、あたしは植物には詳しかった。実家が山間部にあったのと、入試の出題範囲だったので、無為と一緒に山に入り、実物を見ながら覚えたのだ。
あっ、ユビキノコだ。この毒キノコは食べても健康に害はないが指が一本増える。その話だけを聞けば一部の方に根強いニーズが出てくる気がするが、問題はどこから生えるか分からない点だ。運次第では大変なことになる。
(他に食料がなくて、ホントーにどうしようもなくなったら……ね)
別の場所に移動する。そういえば魔物も食べられるものがあるらしいな。おいしいのかな……刺身にしたら魔力がもらえたり……しないか。出来た所で魔法使う度に食べる訳にもいかないし。
その時、クサイチゴを見付けた。ラッキー♪ 結構好きなんだよね、と言いつつ一個ちぎって口に入れる。酸味が少なくて甘い♪ と、もう一つちぎる。
(別に努力して集めなくてもこうやって摘まみながらお腹を満たせるか)
目に入ったものから順にちぎって食べていると、
「おいモンキー、」
……ビクッ!!
それはあまりにも突然のことだった。突然過ぎて、あたしは金縛りにあった。
「この状況で、よくもまーそーやって幸せそーーーーな顔になれるもんだ。尊敬するわマジで」
透花さんが、あたしのすぐ右隣にいる。
全然気が付かなかった。
「……透花さんっ」
敵意のない、彼女の言動に、あたしは思わず彼女に近寄った。抱きしめたい。いや抱きしめて欲しいぐらいに思った。
でも透花さんはあたしの顔に貼り手をして、それを防いだ。
「ウキッ!?」
(バカ、監視されている)
聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で彼女は言った。
(ダダダヂダ、だ)
(……ウソ)
(うまく合わせろ)
そして透花さんは、少し演技じみた風な、つまり周囲にも響き渡るような声で話し始めた。
「いいか、夢似。私はアンタのためにここに来たんじゃない。あくまでも私自身のためにここに来たんだ。その理由を今から話す、いいか?」
「う、うん……」
「最初に聞く。この戦いのルールを“私たち”はどう捉えていると思う?」
「えっ?」
「答えはシンプルだ。この戦いは誰も得をしない、そして誰かが損をする。だから“私たち”にとって一番重要なのは、全員の損が最も少ない形でこの戦いを終えることだ」
「……どういうこと?」
「結論から言えば、夢似を本気で襲いに来る人間は十名もいない」




