泉 時井士奈
ニュルッ……という、肉というよりは水分の多い果実に包丁を入れたような感触。魔物の血がドプッと溢れだす。嫌悪感に頬が引き吊るけれど、でもそんなことに構っていられない。殺るか殺られるかの瀬戸際だ。逆手のまま、根元まで刺したナイフを横に動かす。魔物の首がギュギュギュと難なく引き裂かれていく。
「ゴォォォッ」
その時、動物のオオカミとは明らかに異なる、腹の底から湧きあがるような重低音が聞こえた。鳴き声というよりは凄まじい風の音のように聞こえる。
足首に食い込んだ牙から力が抜けるのを感じたので、すかさず魔物の口をこじ開けて、脚を救助した。血だらけの足は真っ黒に染まって見える。
間もなく、喉を裂かれ動かなくなった全長1メートルの魔物が、ガタガタと痙攣をはじめる。
(まだ油断はできない)
キノコオオカミは死ぬ直前に酸性のゲル状の姿へと変身し、敵に飛びかかることが多い。右足をかばいながら距離を取り、いつでも木の後ろに身を隠せるよう準備する。
これさえかわせば……全身に降り注ぐ雨の中、あたしは可能な限りまばたきをしないようにして、魔物の最後の攻撃を待った。
しかし、それよりも早く――――
キンキンキンキンッ!!
日本刀のようにスラッと細い数本の氷の刃が、液体化していた魔物の身体に向かってグサグサと突き刺さった。それは魔力を多く使う割には殺傷力の低い、氷の初級魔法。氷系が苦手なあたしでも使える簡単な魔法だけれど、魔力消費の大きさのために能力的に使えない。
「そこの人、大丈夫ですかっ!!」
魔物を挟んで向こう側から、一人の女の子が姿を現した。
「おケガはっ!?」
緊迫感を溶かす個性的なアニメ声。このぬかるみの中を進んできたとは思えない、フード付きの真っ白なローブ。
時井士奈……さん、だ。
(……会いたくないのに)
かといって脚を負傷したあたしが、走って駆け寄ってくる彼女を撒くことは不可能だった。
「……アッ!!」
そこにいたのがあたしだと気付いて、時井さんが一瞬、近付くのをためらう。
「夢似……ちゃん」
「……ありがと」
あたしは一言お礼を告げて、彼女の前から去ろうとした。とりあえずピンチは脱した――と思った途端、骨の内部に響くズンッ、という強い痛み。
「んあっ!!」
左足に体重移動をする余裕もなく、その場に膝から崩れ落ちる。
「夢似ちゃんっ、大丈夫!?」
「来ないで!!」
あたしが一喝すると、彼女はビクッとしてその場に停止した。
「……でもケガしてるんでしょ?」
「士奈……、時井さんには、関係ないっ」
「でも早く治療しないと……」
「心配しないで。帰り道はちゃんと分かって――クッ、」
ペチャッペチャッ――
「おーい、士奈ぁ」
――その時、時井さんの来た方向から、彼女のパーティがこっちにやってきた。一人は時井さんのことが好きでパーティに参加しているトラオとか言う男子だ。そしてもう一人は……
(……透花、さん)




