学校男子寮 インスタントコーヒー
その日の夜、あたしは男子寮の無為の部屋を訪れていた。
「引っ越してきたばかりだから、片づけるのあっという間ね」
「うん、ありがとう夢似、手伝ってもらって」
「いいよー全然いいよー愛する弟のためだもん。何でもするよ―」
「……ははっ、ありがとう」
あらかた片付けが終わった後、あたしたちは二人で備え付けのテレビを見ていた。
無為に入れてもらったインスタントコーヒーを飲む。
紙コップだったけれど、お母さんが作るのと同じ味がした。
「おいしい~♪」
「夢似さ、」その時、無為はあたしの方に向き直って言った。「色々、ごめんね」
「まったくだ。あたしを五年以上もだましてきやがりまして、とんだ赤っ恥ですよ姉は」
「ごめん」
あたしは無為の鼻をつまんだ。
「魔力ゼロのあたしに気付かれないように魔力を送るなんて、よくもまあそんな小細工をしてくれました。それをずっと今まで気付かずにいたなんて、あたしはどれだけバカなんでしょうね」
「……もめん」
「し・か・も。あたしに魔力の大半を注いでおきながら、まだあんたの方が強いっていう動かし難い事実ね。これはもう姉泣くしかないね、泣くしかない。同じ家で同じご飯を食べて同じように修行をして生きてきた同じ親の子どもなのに、これはもう泣くしかないわ」
「なかあもめんって」
「……ゆるさ―ん」
と、あたしはつまんだまま鼻をぐいぐいと押した。
「痛たたたたっ」
その時、動いた無為の足がテーブルが当たった。その衝撃でテーブルが動き、無為のコーヒーカップがガタンと倒される。
中身がこぼれて、テーブルに広がっていく。
「あー、もう何してんのよ」
「ごめん、あー引っ越し前日に床が汚れる。ティッシュティッシュ……」
「ほら先に下に何か敷いて」
「じゃあこの新聞で……」
しばらく拭いたり吸わせたりして惨事の処理を行った。そうして落ち着くと、無為はもう一度インスタントコーヒーを淹れてくれた。
再度、粉をカップに入れながら、無為があたしに話しかけた。
「本当はトマギガに入学する前に夢似に話すつもりだったんだ、母さんとそう約束してたから。でもさ、言えなかったんだ」
「何で?」
「合格するまでの夢似を見てきたんだ。そして合格した時の夢似も見た。そしたら、もう言えなかったんだ、母さんも僕も」
「もういいよ。別に怒ってないから」
「……ありがとう」
コーヒーを差し出される。
さっきと全く同じ味、お母さんの味。
あったかい。
「明日、もう離れてっちゃうんだねー」
「うん」
「ねえ無為……本当にあたしを置いて行っちゃうの?」
「……ごめん」
「うらぎりものー」
「……んっ」
その時、弟は俯いて顔を隠した。
「本当は行きたくないよ」
「えっ?」
思わず聞き返した。
「……何て?」
「本当は夢似と一緒にトマギガで勉強したいよ。一緒に戦いたいし、毎日顔も見たい。アメリカなんか……行きたくない」
あたしは驚いた。てっきり無為は景子様に付いて行きたいのだと思っていたのに。
「行きたくないのに、どうして?」
「羅野井さんが言ったんだ。もしお姉ちゃんのことを本当に思うなら一緒にいない方がいいって。助けがそばにいる環境では夢似の本当の問題は解決しないんだって」
「……景子様がそう言ったの?」
「言われた直後は、ふざけるなって思ったよ。魔法を使えないお姉ちゃんを一人にするなんて考えられないから。だから羅野井さんに誘われた時も、夢似と一緒なら行きます。一緒じゃないなら行きませんって言った」
「それはあたしが気絶していた時?」
「うん」
無為がコーヒーにお湯を継ぎ足した。しきりに口を付けているので、なくなるのが早い。
(助けがそばにいる環境ではあたしの問題は解決しない……どういう意味だろう?)
「夢似、」弟があたしの名前を呼んだ。そして「これ」と言って、小さな包みを差し出した。プレゼント包装された、こぶしサイズの小さな袋だ。
「これ、くれるの?」
「うん、プレゼント。開けてみて」
セロハンテープを剥がし、中を開いてみると、そこには手首に身に付ける用の金のブレスレットが入っていた。早速身に付けてみる。
「わーっ、キレイ!!」
「そう言ってくれて良かったよ」
「ありがとう無為。ごめんね、本当はあたしが何かあげないといけないのに何の用意もしてない」
「いいよ別にそんなつもりじゃないから。それよりも夢似、離れ離れになる前に、どうしても伝えておきたいことがあるんだ」
「何よ急に改まって」
「……実は」
と無為は、あたしが腕輪を付けていた右腕を手に取った。
「無為?」
「実は……僕」
「?」
どうしたんだろう、様子が変だ。
「どうしたの?」
「……あの、」
話しづらいことみたいだけれど、何だろうか。またあたしの能力に欠陥があるとか? これ以上更に? それはさすがに立ち直れないぞ……
どうなんだ無為、そうなのか。訴えかけるように無為を見つめたが、あちらは目を合わせてくれない。 心なしか顔が赤い気がする。
「夢似、僕は……僕にとって、夢似は、その……」
「?」
とその時ピロリロリ。ケータイのメールの着信音が鳴った。
「……トーカさん?」
メールを確認すると、差出人はトーカさんだった。下にスクロールして、文面を確認する。
「ええっ!? 大丈夫!?」
「ど、どうしたの!?」
無為が座りなおして尋ねてきた。
「何かトーカさん部屋の鍵無くしちゃったんだって。それで今晩あたしの部屋に泊めて欲しいって……」
「……なんだあ、そういうことか」
「ごめんね、無為。もうちょっと話したかったんだけど、トーカさんが待ってるから行くね」
「ううん!? 気にしないで。そうしてあげて」
「……で今の何を言おうとしたの?」
「えっ……いや、大したことじゃないよ」
「でもどうしても伝えておきたいって」
「いや、まあそれは」
「あ、そういえば、」ふとあたしは思い出したことが合ったので尋ねてみた。「昨日無為をビンタしたのって、トーカさん?」
「えっ……!?」
「違うの?」
「いや、そうだけど。何で」
「やっぱりねえ。ううん、別に特に深い意味はないけれど。多分そうだろうなーって思っただけ」
あたしは立ち上がって右腕を揺らした。
「このアクセ、ありがとね。辛い時はこれを見て頑張るよ♪」
「うん……僕も頑張るよ」
「じゃ、トーカさんが待ってるから行くね。また明日、お休みー」
「うん、お休み……」




