Keiko's room
肩も使って、入ってきた扉を強く押す。でも、いくら力を入れてもビクともしない。
「……んもうっ!!」
それなら、こじ開けてやる。あたしは右手に全力を込めて火の魔法を投げた。バンッ!! という強い衝突音がしたので、扉を壊せたかと期待したけれど、実際はダメだった。火は燃え移ることなく、扉の中に吸収されるように消え、若干の焦げ跡を残しただけだった。
「もうっ!! 出してよ!!」
あたしが叫ぶと、この“部屋”の外側から景子様の声が聞こえた。
「夢似」
……景子様。
「景子様……ここはどこですか?」
「夢似、聞こえる?」
「はい、聞こえます。ここはどこですか?」
「色々とムカついてるだろうけれど、まずは落ち着きなさい」
あたしは聞き直したが、景子様の返答は何だか要領を得なかった。
でもその理由はすぐに明らかになった。
「この声は聞こえてるはずね。でも中にいるあなたの声は私たちには聞こえないの」
「……聞こえてない、のか」
「今のあなたは“ケイコノヘヤ”という魔法空間にいる」
「……やっぱり現実じゃないのか、これ」
魔法で作られた空間と知り、あたしは部屋を見た。
全体の印象としては、泥棒に荒らされた女性の部屋という感じだ。
広さは学校寮の倍ぐらい? だから12畳はあるだろうか。部屋に入って何よりまず目に飛び込んでくるのは、ひっくり返されたキングサイズのベッド。ぐちゃぐちゃで床に落ちた白いシーツ。そして割れた鏡の破片にバラバラになったイスの残骸。
天井の角にあるエアコン、斜めだ。
「その部屋は普通の世界とは隔絶された特殊なスペースなの。誰にも見えないし、何の音も聞こえないし、記録もされない。つまり、この部屋では何をしても大丈夫ってこと」
「何をしても……」
「できれば感謝してもらいたいわ。私以外の人間でその部屋に入ったことがある者は一人もいないのだから」
「景子様以外で、はじめて……」
ということは、この部屋をこうやってグチャグチャにしたのは景子様ってこと?
一体何のために?
「私に憧れて魔法使いになりたいと思ったあなたに、ファンを大切にする大スターからのプレゼントよ。その部屋を見たら分かるでしょう? プライベート大公開、それが一人の時の私」
「これが……一人の時の景子様」
そうつぶやいてしばらく後、全身に急な寒気がして、両腕にブワッと鳥肌が立った。
あんなに自由で気ままでしかも強くて完璧な……世間一般の苦労や不幸に無縁のような“超人”の景子様が……一人の時。
この事実に対してあたしが抱いたのは、尊敬や憧れをも一度忘れさせるほどの“理解不能”だった。
(この人……何なの?)
再び、景子様の声。
「あなたを見て不幸だなんて、私は一つも思わない。ただ、あなたがが抱いているであろう気持ちには多少共感するところがあるわ。私も【運命が敵対してきた側】だから」
「運命が敵対……」
「だから今回だけ特別にその部屋を貸してあげる。まずは部屋に向かってリセットと言いなさい」
景子様の言葉にあたしは素直に従った。
「リセットッ」
あたしの放った一言は、まるでリモコンのボタンのように部屋に作用した。
部屋の中にある全てのものが、海に投げた石のようにジャポンッと床の中に消えていったのだ。
グチャグチャだった部屋が一瞬にして、まっしろな何もない空間になる。
「何もなくなったら、今度は“出したいモノ”を呼べば出てくるから。“ベッド”って叫んだらあなたのイメージしたベッドが出てくるし、出てきた後で“ベッドもっと大きく”って指示すれば、修正もできる。その後で“金属バッド”って叫べばベッドをムチャクチャにできるってわけ」
「つまりここは景子様にとって、ストレス解消の場……!?」
「生物も出せるわよ。まー意思はない人形みたいなものだけれど。肉体は本物に近いから、鞭で叩けば腫れるし、ナイフで裂けば血が出る。だから弟がムカつくなら呼び出して半殺しにしたって構わないわ。だって誰も見ていないのだし、自分から話さない限り、その事実は絶対に漏れることはないのだから」
まさかそんなこと……
「最後に一つ。
すでに聞いたと思うけれど“三年後のデート”に向けて、あなたの弟を借りたいの。世の中にトラックが発明されていなければ、あなたの方を誘っていたのでしょうけれど。
もちろん、あなたは誘えない。悪いけれど、今のあなたは戦力にならないから。だから弟が学校を続ける可能性はあっても、あなたがチームに入る可能性はない。
でも落ち込まないで。これは正直な私の気持ちだけれど、今日出会った子たちの中で、あなたの将来に一番期待しているわ。魔法を使えず、弟の魔力も借りれなくなったあなたが、決して優しくはないトマギガの中でどう生きていくのかとても興味がある。言っとくけど皮肉じゃないわよ。本当に楽しみにしてる。
この部屋でやりたいことやったら“これで終わり”って叫べば扉が開くわ。じゃあ、最高の時間を♪」




