After5 オレンジ色の世界
……ドクン。
――――ほえっ?
「ムニ、起きた?」
「……うん」
天井がオレンジ色に染まっている。
横を向くと無為がいる。
「むい……おはよ」
「うん、おはよう」
布団の中に熱がこもっている。
背中全体が汗ばんでいる
(あつい……)
あたしは目を、覚ました。
「……ここはどこ?」
「学校の保健室」
確かに部屋の殺風景さとか光沢のあるこの床とか保健室っぽい。
「あたし、さっきどうしちゃった?」
「……気を失ったんだよ」
ベッドから出ようと思い、布団をはがす。脚が長いベッドだったので、放り出した足がぶらんとした。
頭はまだうまく働いていない。
「ぼ、僕保健室の先生呼んでくるね」
「ねえ」
場を離れようとした弟のそでを引っ張る。
「りゅうは?」
弟のつま先が少しこちらに向く。
答えるまでにちょっと間があった。
「……倒した」
無為が部屋から出て行った後、うーんと座ったまま背筋を伸ばした。自然とあくびが出た。まだなんだかフワフワしている。
それにしてもだいぶ長い間眠ったみたいだ。お風呂に入った後のように、すんごく身体がラク〜になってる。
時間が経つにつれ、意識がはっきりしてきて元気も戻ってきた。
「あー気持ちいーわー♪」
間もなく保健室の先生がやってきた。あたしは廊下の角で先生が見えなくなるギリギリまで「サービス残業すんません!!」と頭を下げた。
「あーあ、しっかり顔と名前を覚えられたなあしかも弟とセットで」とぼやくと、無為が「別に問題なくない?」とシゴク正しいことを言ったので指先で脇腹を刺した。
校舎を出ると、夕焼けに染まるレンガ道の脇に小さな人だかりが見えた。
集まっているのは新入生たちだ。
「……この右手を喉に当てた状態で、家に電話してママにこう言うの。“私は景子の友人です。今晩、景子はウチに泊まります。明日提出の課題があるんです”ってね。ママは完全に信じた。ボーイフレンドの家に泊まる時の常套手段よ」
その時、人だかりの中心にいた景子様がこちらに気付いた。指で(先に行ってて)と合図する。
その中に、トーカさんもいた。こっちに気付いていない……はずはないと思うのだけれど、こっちを見てくれない。
「夢似、こっち」
「あ、うん」
無為の手に惹かれて、人だかりの横を通り抜ける。
「クラスメイト達が毎日手から火を出してる時間に、私はそんなことばかり考えてた。今度会った時には、当時私が発明した“ヒニンの魔法”を女の子たちに教えてあげるわ」
景子様……十五歳相手にオトナ過ぎです。
それにしても“先に行く”って、どこに行くんだろう。疑問に思って、無為の横顔を見る。
その時、あることに気付いた。
「無為、ほっぺたどうしたの?」
「え? あーいや別に」
「赤いよ。ちょっと腫れてない?」
「あっ、ここだよ」
あたしの言葉をスルーして、道の脇の途中で立ち止まる。もう一度問い直そうと思ったけれど、それよりも早く目の前の風景に注意が向いた。
目下に広がっているのは、ファンタジーホールが出現した第三グラウンド場。
「降りよう」
無為はあたしの手を離して、石階段を先に降りはじめた。何も考えずに付いていこうとしたが、その時ひんやりとしたものを胸の奥に感じた。
イヤな感じだったので「ちょっと待って、」と呼び止める。
うまく言葉にできないけれど、あたしの中の何かが、下に行きたくないと訴えていた。
「ムニッ、ほらっ」
あたしに向かって無為が手を差し出す。
その時、見上げたあたしの目に、あるものが映った――――
――それは最後に見た時は絶対になかった、グラウンドを二つに割る巨大な裂け目。




