第三グラウンド 戦い、青ざめる魔法
「A子、心配しているの?」
景子様は左手の指をくるくると回しながら言った。指が緑色の光に包まれている。
「だって、これじゃさっきよりも」
「私は誰?」
「……あなたはケイコラノイサマ」
「そう、あたしはケイコラノイサマ」
「こんな時に布教活動すな」
「うるさいF女。……まあ信じて見てなさい」
と、景子様の左手の指があたしに向けられた。緑色の光が指先から離れてあたしの元にやってくる。
「これは“ヴァージンドリーム”って魔法。直訳すると【童貞の夢】ってとこね。この魔法をかけられると、異性に対してだけ、姿が消えて見えなくなるのよ。つまり男の子の弟くんには、女の子のあなたの姿は見えなくなる」
「考えた奴の人格を疑う魔法だな」
「そうかしら。私はこの魔法のヘビーユーザーよ」
「それを聞いても驚かない」
その時、竜が攻撃を再開した。敵が動けないのをいいことに近距離から炎を吐く。さっきと違い、炎の届く範囲を狭く限定している分、威力が大きい。
弟は魔法防御で耐えている。大ダメージは避けられているようだが、耐えた時間だけ魔力が減っていく。
「さあ、少女F」景子様は両手に強い魔力を込めた。「グレイに伝えなさい」
景子様の手の平で囲った空間に、闇の球体が発生した。球体の表面に、骸骨もしくは亡霊のような顔が浮かんでは消えている。初めて見るというレベルじゃなかった。見た目からして、あたしの魔法の概念とは別次元の類だ。属性も分からければ効果も分からない。
その魔法を目にした途端、全身から汗が噴き出した。何だか分からないけれど、これはヤバい。魔法は魔法なのだろうけれど、まるで怨念を固めたみたいなイヤな感じがビンビンする。
トーカさんの顔も青ざめていた。
「行くわよ」
景子様の合図と共に、球体が手から離れた。球体は徐々に形を崩しながら、比較的ゆっくりとした速度で飛んでいく。ビジュアル的には虫の大群が移動するようだった。
球体はやがて結界に達した。が、結界を破壊することなく、逆に弾き飛ばされることもなく、すんなりと通り抜けていく。
「ふう、」と一息ついて、景子様があぐらをかいてその場に座り込んだ。さすがの景子様も力を使ったんだろう。少しばかり疲れの色が見える。
景子様はそれを隠すようにゴホンと咳払いをして、トーカさんに声をかけた。
「ぼうっとしてないで早く、少女F]
話しかけられるまで、トーカさんは金縛りにあったようにその場に立ち尽くしていた。
「あっ、ああ。すまん」
とその時、景子様のヤバい魔法が、竜の横っ腹に直撃した。触れたものを溶かす効果だと予測していたけれど、外れた。
むしろ逆だった。
見て理解するよりも早く、景子様が説明を加えた。
「あの竜、さっきより10倍ぐらい強くなるはずよ」
……ナントイウコトデショウ。あの禍々しい魔法は相手を傷付けるのではなく、逆に戦闘力を異常増幅させる効果だったのです。
史上最悪のビフォーアフター。
「これなら、さすがに本気出さないと死ぬかな」
間違いなく本音だと思わせる、恐ろしい内容の独り言をつぶやいた景子様は、汚れた(?)両手をドレスでぬぐりながら微笑んだ。
「ねーそう思わない、Fの女?」
「……おいっ弟!!」トーカさんが無為に対して大きく手を振りながら叫んだ。「夢似は教師を呼びに行ったぞ!!」
その言葉を聞いて自分が魔法で姿が見えないことを思いだした。
磔状態の弟はすぐに反応して首をこちらに向ける。
「本当かっ!?」
「嘘を付ている場合かよっ!! 早くしないとオマエ――――」
――ドクン。




