第三グラウンド 戦い、危機
「へっ、あたし!?」
トーカさんが眉間に皺を寄せた。
「……何で二回言う?」
だってあたしからしたら二回言うぐらいじゃ足りないぐらいだ。
「見て見りゃ分かるだろ。実際、竜の猛攻をあれだけ受けながらダメージを受けていない。それだけの実力がありながら、自分は攻撃らしい攻撃をしていない。どう考えたって全力でやっていない」
「それがこのA子のせいってわけ?」
「夢似に教師を呼びに行かせて、その間に倒すつもりなんだろう」
「……あたしのせい」
弟があたしの前で実力を隠している、もしそれが本当だとしたら、なぜそんなことを? だって隠さなくたって弟の方が強いのは明らかなのに。“才能の弟、運の姉”それが中学校の先生・友達のあたしたちに対する認識だったし、別にその実力差が10倍から100倍になったって、あたしは何も思わない……のだけれど。
無為、何かあたしに……気を遣ってるの?
そう思った次の瞬間、あたしは叫んでいた。
「無為ーっ‼‼ コラーッ!!」
「……ムニッ、うわっ!!」
あたしの声で集中力が分散したのか、無為を炎から守っていた魔法の膜が破れる。直撃を食らう前に、後方へ飛び去り、再び膜で身体を包んだ。
「どうしたんだ!?」
「倒せるなら本気でやれーっ!!」
その時、弟は初めてはっきりとこちらを見た。1秒間ぐらいだが、あたしと完全に目が合う。そして、目線があたしから、あたしの周囲に動いた。トーカさんと景子様の存在に気付いた。
「オメーッ、姉の前で力抜いてんじゃねーよ。嘘付きヤローっ!!」
「……な、何言ってるんですか!? 相手は竜ですよ。一人で勝てるわけ」
「無為危ないっ!!」
ゴルフのスイングのように勢いを付けた竜の尻尾が、弟に襲いかかる。垂直にジャンプして、ギリギリで避けるも、上空で動けなくなったところを、手で掴まれてしまった。
「ガッ……!?」
「無為っ!!」
巨大な手に力が込められていく。
「夢似……羅野井さん……助……」
弟の細い声に、あたしの頭は真っ白になる。
弟が力を抜いているとかいないとか、そういうことは吹き飛んだ。だっていくら強くたって、あの掴まれた体勢じゃ誰だって抵抗できない。
もう先生を呼んでも間に合わない。あたしは景子様に助けてもらおうと顔を向けた。
「あっ……」
言葉が出ない。気が動転しているのだろうか!? 頭ではこうやって冷静に助けを求めようとしているのに、唇が震えて……
そんなあたしを景子様がチラリと見た。
宝石のように輝くハイヒールのつま先が、地面を叩き続けている。表情は……つまらなそうに見えた。
「……I Know.」
誰に言うでもなくそうつぶくと、景子様は髪をかき上げて、力なく片手を掲げた。
「このままじゃ埒が明かないから横やりを入れるわ」
細くて美しい彼女の手が指揮棒を振るようななめらかさで動く。顔を見ると、表情が一変している。口はムスッとしたように閉じられ、目は半眼。
さっきとは別人の雰囲気に鳥肌が立った。
「潔く踏み絵をしなかったあなたが悪いのよ。鬼手仏心ってことで許してちょんまげ」
そう言って景子様が自分の身体を十字で切った直後だった。竜の手が弾かれるようにして弟の身体から離れた。
危機を脱して、飛んで喜ぶあたし。「やった!!」と両手を挙げようと思ったのだけれど、喜んだのも束の間、信じられないことが起こった。
「ぐっ!!」
たった今、竜の手から解放されたと思った弟が、両手両足を拘束された状態で十字架に縛り付けられているのだ。
何千年も前に生まれ、人々に聖人と言われ崇拝された、人類史上最も有名な人格者と同じように。
「無為っ!!」
黒い包帯にほぼ全身を拘束され、見えているのは首から上と手足だけという弟の姿。魔力による拘束を破ろうともがいている。
それが景子様の魔法によるものだというのは明らかだった。
「景子様……どうして?」




