第三グラウンド 戦い、バリーン
「どうして?」
「校長が放送したことからも分かるだろう。今の状況は学校側が意図的に仕組んだ可能性が高い。だから教師たちが助けに来るはずがない」
「うそっ。だって、相手は竜だよっ? どう考えたって」
「竜の出現が意図的だとは思えない。ただ、私が知っているのは、ここの教師たちがファンタジーホールの大きさを制限できるってこと。にもかかわらず現状放置ってことは、」
トーカさんは、あたしに目を向けて、訴えるように言った。
「このままじゃ弟は死ぬ」
「……ぃや」
「だから羅野井景子を呼べ!!」
「……ケイコサマ?」
「そうだ。あのクソ竜を倒せるのはアイツしかいな、」
と、彼女が言い終えるか終えないかぐらいのタイミングで、突然強い力にお尻を押され、あたしは前のめりに倒れた。
「わっ」
「ごめんあそばせ♪」
そう言ったのは、弟を除いてあたしが世界で一番耳にしている声だった。その声の主が自転車に乗っている。
あたしを後ろから吹っ飛ばしたのはどうやら自転車の前輪ようだ。
「ブレーキは嫌いなの」
景子様はそう言ってサングラスを外した。やっぱりカッコいい……♪
景子様にあたし、吹き飛ばされちゃった!みんなに自慢してやりたい衝動にかられる。いやいやダメだ何言ってるんだあたしこんな時に。
景子様を見上げる。相変わらずの美貌だけれど、なんだか雰囲気がいつもと違っていた。目が据わっているってこのことだろうか、顔全体にほんのりと赤味がさしていて、全身がお酒臭い。
「ラ、ラノイケイコ!!」
驚くトーカさんに対して、景子様は顔を歪めた。
「そこの少女F。私を誰だと思っているの? 呼び捨てにしないで」
「……ラノイ、さん」
「羅野井様でもよくってよ」
「ケイコサマー!!」
「あら、あなたは分かってるじゃない少女A」
「ありがとうございます! それで景子様、どうか無為を、弟を助けてください!!」
「助けるって何で?」
「だって、無為はたった一人で、竜とあそこで……だから」
「大丈夫よ」
景子様は再びサングラスをかけ、前を向いた。
その時、竜が背中を反り返らせた。そして上空を向いて咆哮をあげると、身体のサイズに比べて小さい手を光らせる。そこに意識を向けていると、不意を突くように、空から地面に向かって黒い稲妻が落ちた。
ちょうど弟のいた位置だ。
「無為っ!!」
あたしは不安を抱いたが、弟は紙一重で避けていた。そして転がった状態からすぐさま立ち上がり、あたしに顔を向ける。
「夢似!? 何をしてるの!? 早く先生を呼んできて!!」
「あっ……ゴメン!!」と謝っていた時、スキを狙って竜が口から大量の炎を吐いた。
「くっ!!」
比較的早く反応した弟だったが、それでも避けきれずに魔法で身を守る。火炎防御の泡の魔法。そんな上級魔法まで使えるなんて、さすがあたしの……といけないいけない。
「あたし、先生呼んできます!!」
と今度こそ走り出そうとしたあたしの首根っこの襟を、景子様が「ダメよ」と掴んで引き戻す。
「ぐえすっ!!」
「いい? この状況、近年稀に見る“バリーン”な状況なの」
「ラノイケイコ、バリーンって何……ウッ!!」
呼び捨てにしたトーカさんに、容赦なく愛の鞭がめり込む。
「あら、ごめんあそばせ?」
「あたし知ってます。全ての秩序や力関係などの均衡がちょうどいい感じにバランスよく保たれた状態。それを景子様はバリーンって呼んでるの」
「あなた私のファンなのね」
「はいっ♪」
「……バリーンって自作かよ」と小さくつぶやくトーカさん。
そんなトーカさんに景子様はニマッと美しく笑った後、弟をまっすぐ指差して言った。
「グレイ君は負けないわ」
「あ、ありがとうございます!!」弟をほめていただき、ついお礼を言ってしまうあたし。「……でも、いくら弟でも、あの竜が相手だとちょーっと厳しいと思うんですよねーここから見てても結構きつそうとゆーかー。姉的にも? 大丈夫とは思いながらも本人の意思を尊重させたいってことでーできれば先生を呼んであげた方がいいんじゃないかなーっ……ていうかグレイ君って何ですか!?」
「あら、変な名前かしら。でも宇宙人って言ったら、やっぱりグレイ君でしょう」
「う、宇宙人!? 弟が!?」
「それにしても不思議なのは、グレイ君が全力で戦おうとしないことなのよね。何か自分の力を見られて困る人でもいるのかしら……」
腕を組んで、うーんと唸りながら考えはじめる景子様。
に対して、トーカさんは空咳を一つして言った。
「ラノイケイコ、あんたの言っていることは意味分からんけど、アイツが実力を隠している相手には心当たりがある」
「あら、口は悪いけれど頼りになるじゃない。で、それは誰なの?」
「……コイツだよ」
「……へっ、あたし!?」




