第三グラウンド 戦いのはじまり
チャイムが終わる前に、重ねて放送が入る。
校長の声だ。
「新入生に連絡します。
新入生に連絡します。
学園の正門付近、第三グラウンド場にて、魔物が出現します。
学園の正門付近、第三グラウンド場にて、魔物が出現します」
(魔物……うそ、何で?)
魔物が出現する。
聞き間違えじゃない。確かにそう言っている。しかし、現実味がない。
そんなの当たり前だ。こんな街中の学校に突如として魔物が降って沸くなんて、現象としておかしい。
「新入生全員で協力して倒しなさい。
新入生全員で協力して倒しなさい。
なお、本日は入学式により二年生、三年生はおりません。
本日は上級生はおりません。
あなたたちだけで解決しなさい。以上」
「もー、明日からにしてよねっ!」
放送が終わると、トーカさんが髪留めでその長い髪をまとめた。何だか不服そうな顔。
「というか明日からの予定だったはずなのですが……」
弟の無為は上着を脱いで、ポケットの中身をカバンに入れている。同時に呼吸を深くして、気を整えていた。
もしかして、放送内容の意味を理解していないの、あたしだけ?
「ねえ無為。これから何が始まるの?」
弟に尋ねると、先にトーカさんがあたしを睨んだ。
「分かんでしょ。魔物にダンスに誘われたのよ」
「トマギガに魔物が現れるの?」
「……あんた何も知らないで、よくココに入ったわね。むしろ尊敬するわ」
「いや、それほどでも♪」
「ほめてねーよっ!」
「二人とも見て!」
その時、無為が少し先にあるグラウンドを指差した。
「あそこが第三グラウンド場みたいだよ」
「偶然近くにいるなんてラッキーね。ダントツで一番乗りだわ」
「行こう」
第三グラウンド場は正門通りの西側で、坂を下りた少し低い位置にあるため、今いる場所から全体が見渡せた。
周囲を金網で囲まれた土のグラウンド、かなり広い。
グラウンドの中心に何か変なものが浮かんでいる。青黒い電気の塊のようなもの、小さなブラックホールと言われたら納得できそうな形だ。少なくとも物質というよりも現象という方が近い。
「あそこから魔物が現れる」
トーカさんの言葉を聞いて、あたしはあることを思い出した。
「もしかして、あれが噂の【幻想の穴】《ファンタジーホール》?」
この星の北側にある、魔物だけが住んでいると言われる【上の大陸】。その【上の大陸】と他の大陸を繋ぐトンネルを【幻想の穴】と呼ぶ。海を渡れない魔物たちはその穴を通って人間の住む場所までやってくる、というのは誰でも知ってる話だけれど。
「【幻想の穴】《ファンタジーホール》は自然に発生するものではなく、魔物だけが使用できる特殊な魔法なのよ。使用できるのは魔物だけ、穴を通ることができるのも魔物だけ」
「魔物が作る穴……無為、知ってた?」
「半信半疑だったけれどね。トーカさん、ちなみに出てくる魔物の強さって事前に分かるんですか?」
「“穴”を作った術者の魔力が大きければ、それだけ強大な魔物も穴を通過できるらしいね。今回のは……私たちにはお誂え向きってところかしら」
荷物を階段の脇に置き、グラウンドに足を踏み入れた時、ちょうど穴から魔物が這い出てくる途中だった。粘液性の高い黒い液体が、巨大な歯磨き粉のチューブから押し出されるようにニュ~ッと出てくる。
地面に垂れた黒い液体はその後分裂し、宙に浮かぶ巨大な剣や、槍に変化した。
明らかになった魔物について、トーカさんが冷静に分析する。
「10体ほど、ぜんぶ同じ金属質。氷らせて打撃で破壊するか、高温でボロボロにするかで倒せる。二人はどっちが得意?」
「夢似は炎が得意。僕はサポート魔法が得意です!」
「そ、そうですっ、あたし火がっ……」
トーカさんの手のひらが赤く染まる。弟はそれを見て、瞬時に魔力を増幅させる魔法の準備を始めた。しかしその瞬間、トーカさんが鋭い声で叫んだ。
「余計なことしないっ!」
「……えっ、」
予想外の言葉に、耳を疑う弟。
「この戦いにサポート役なんていらない。全員、目の前の敵を倒すことだけに集中しなさい。そして守るのは自分の命だけ、自己責任。いいわね?」
「……くっ」
その時、弟が表情を隠すように俯いた。ちょっとフマン? だったのだろうか。歯を強く噛んで我慢している。
「だったら他の一年生が来るまで待ちましょう。さすがに3人で10体は、」
「大丈夫、相手はそんなに強くない」
「でもそれじゃ夢似が」
「無為っ!」あたしは手の平に意識を集中しながら、姉に過保護過ぎる弟に笑顔を向けた。
「あたしは大丈夫だから!」
「……夢似」
「ほら、来るよっ」
弟はまだ納得しきれていない様子だった。でもこれ以上考える時間はない。あたしたちに気付いた魔物たちが、一直線に迫ってきている。
「くそっ、」
その時、無為が魔物に向かって駆けだした。
「コラッ、だからって一人で先に突っ込んでいくな!」
「あたしも行きます!」と、無為を追いかける。
「あっ!」というトーカさんの声が背中から聞こえた。
「もうっ……このバカ姉弟!」




