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「ちょっと見て。あれは何?」
枝毛少女が虎徹を押しのけながら窓枠から身を乗り出し、空を指差す。
「雲か、あれ?」
枝毛少女の指差す方を見ると、鉛色した雲が渦を巻きながら集まり、さながら台風の目のような形を成していく。
「もしかして、あれがワームホールってのか?」
「まさか? ワームホールっていうのは時空の出入口よ。そんなに簡単にホイホイ出来てたら、この世界が異世界への扉だらけになっちゃうわよ」
二人が見守る中、雲はますます回転を早め、渦を早く強くしていく。風は刻一刻と強くなり、気を抜くと窓から乗り出した体が持っていかれそうになる。それでも二人は渦から目を離すことができない。
やがて際限なく成長していく渦の中心に、変化が現れた。
「見て! 何か出てきた!」
目を開けているのがやっとな風の中、掌で遮りながらどうにか空を見る。たしかに、渦の中心に何かがちらりと見える。
一瞬、雲の渦が真っ赤に染まった。
雲の切れ間から太陽が顔を出したのかと思ったが、そうではない。今のはそんな温かいものではなかった。もっと破滅的な予感を感じさせる、背筋が冷たくなる不吉な何か。
刹那の明かりの正体は、すぐに判明した。渦の中心から、炎の柱が下に向けて生えたからだ。
超特大の火炎放射器が吐き出したような炎が、校庭をわずかに炙った。それだけで地面を溶かし、道路工事現場みたいな臭いが風に乗って鼻に届く。何という火力だ。
この炎はどこから来たのか。まさかこれだけの火力が自然現象で起こるわけがない。そう思っていた矢先、渦の中心からそれは現れた。
身体は炎の如く紅い鱗に覆われ、
背には蝙蝠のような皮膜の翼を持ち、
地下鉄の入り口よりも巨大な顎を広げ、
大人が一抱えするほどの牙を光らせた、
空母ほどもある巨大な竜――火竜がワームホールから出てきた。
「嘘、あれって……」
「マジかよ、竜だ……」
怪獣映画を見ている気分だった。しかしこの程度のことは、虎徹も初めてではない。さすがに生きた竜とご対面するのは初めてだが、常識を超えた現象ならアペイロンになってから、いや、なる前から飽きるほど体験している。
「そんな……あいつはグラディアースにいるはずなのに……」
楓が震える声でつぶやく。
「竜に知り合いがいるのか?」
「そんなんじゃないわよ。ただ、異世界でちょっとね」
竜の身体が完全にワームホールから出た。背中の羽を大きく羽ばたかせると、その一振りだけで雲の渦が消し飛んだ。思い出したように夕暮れの空が顔を出したが、風だけは轟々と唸りを上げて吹いていた。竜が羽ばたいているからだ。
「えんとろぴー、未ダ増大中。コノママダト危険領域ニ達シ、世界ノばらんすガ乱レマス」
二人の背後でロボが頭をサイレンみたいにグルグル回しながら警告を発する。目が点滅しているところがますますサイレンっぽい。
「何ぃっ!?」
「世界のバランスが乱れるとどうなるの?」
「ソレハ、私ニモ分カリマセン。世界ノ終ワリヲ見タ者ガイナイノト同ジコトデス」
「おいおい、それじゃあこのままあの竜を放っておくと、世界がどうにかなっちまうっていうのか?」
「ソノ可能性ガ極メテ高イ、トイウコトダケシカ分カリマセン」
「だったら、またワームホールで帰ってもらえばいいんじゃない?」
「コノわーむほーるハ我々特異点ガ世界ニ開ケタ穴ノヨウナモノデスガ、ソレガイツドコデ開クカハ誰ニモ分カリマセン。ナノデオ勧メデキマセン」
「ちなみにお前、ワームホールが出せる機能とかは――」
「アリマセン」
「だよね~……」
勝手に向こうから来たくせに、お引き取り願えないということか。その原因が自分たちにあるだけに、このまま放っておいて世界がどうにかなってしまうのは心苦しい。というか、この世界がどうにかなったら困るのはそこに生きる自分たちである。
「じゃ、やることは決まったな」
虎徹は首を右に倒し、こきりと鳴らす。戦闘前に決まってやる仕草だ。
「あの竜をぶっ倒すしか、世界を救う方法はねえってことだろ?」
「ソノトオリデス」
「だったら――」
虎徹は窓の縁に片足をかけ、
「そうするまでさ!」
無造作に二階から飛び降りた。
「ちょっ……!」
慌てて枝毛少女が窓から身を乗り出し、下を見る。彼女の心配をよそに、虎徹は平然と校庭に立っていた。
「あのバカ……一人で先走らないでよね!」
虎徹の無事を確認し、一言毒づいてから素早く踵を返す。叩きつける勢いで扉を開けて廊下に飛び出すと、全力ダッシュで廊下を走る。まだるっこしい階段は全段飛び降り、一気に踊り場へ。二階から飛び降りるほどではないが、これくらいはできるのだ。
玄関から校庭へとまろび出た少女は、途端に強風に煽られる。風に弄ばれる長い髪とスカートを押さえるのに苦労しながら、悠然と上空の竜を見上げている虎徹に合流する。
虎徹はすぐそばで同じように空を見上げながら、懸命に髪とスカートを押さえている女生徒に問いかけた。
「もしかして、あいつの目を潰したのはお前か?」
女生徒は顔はそのままで目だけを虎徹に向けると、不機嫌そうに言った。
「お前じゃないわよ。楓――橘楓よ」
一方教室では、ロボと居眠りしていた少女がようやく重い腰を上げようとしていた。というのも、さっきまで寝ていたので状況がまったく把握できていない少女に、ロボが説明していたため出遅れていたのだ。
虚空を見つめていた少女の姿は無い。彼女はすでに瞬間移動で校庭に跳んでいる。ぼうっとしているように見えて、実はちゃんと周囲を見ていたようだ。
「なるほど。仔細あい分かった。つまりあの空飛ぶ大トカゲを討てば良いのでござるな」
「ソノトオリデス」
少女は窓の外を我が物顔で飛んでいる竜を見る。手に持った日本刀を腰のベルトに挿し、気に食わないといったふうに鼻を鳴らす。
「フン、トカゲ風情が偉そうに空を飛びおって。生意気な」
「アレハ、アアイウ生キ物デスカラ」
「そうなのか? ところでおぬし」
「ハイ、何デショウ?」
「空は飛べるか?」
こうして方舟学園に集められた彼らの、竜退治という初めての共同作業が始まった。
◆ ◆
方舟学園の学生寮は、校舎と隣接している。スズキが評した通り、『玄関開けたら二分で登校』できるくらい近い。何なら屋上から飛び移れるくらい近い。
本来なら、学生が通う校舎と寮がそこまで近接することはない。堕落を招くなどのお固い理由で敬遠される。それにミッション系の洋風な校舎のすぐ隣に、無骨な鉄筋コンクリートの寮舎が建っていては、風情も何もあったものではない。
だが方舟学園とカタギの学校では事情が違う。何しろ特異点が集めれられたこの島では、いつワームホールが開くか分からないのだ。授業中はおろか食事中、就寝中であろうとお構いなし。そしていざワームホールから何かが出てきたら、彼らはそれを打ち倒して世界を破綻から守らなければならない。
そうなると、校庭のように広い空間が必要になる。つまり寮を離れた場所に作ると、寮にも校庭なみの空き地が必要になるというわけだ。だったらいっそのこと隣接させて、何かあったら校庭で戦えばいい。そうすれば四六時中、いついかなる時でもワームホールに備えられるし、効率的だ。
だいたい、人工島とはいえ島の土地には限りがあるのだ。寮を離れたところに作って空き地をつけるくらいなら、コンビニかスーパーを建てた方がマシだというのが本音である。まあ、建てたところで今は島に部外者を入れるわけにはいかないので、客はおろか店員すら確保できないのだが。
そんなデタラメな理由で建てられた学生寮だが、中身はいたって普通である。一階には食堂や娯楽室があるし、二階には男女別の大浴場もある。洗濯室もあるし屋上には物干し台もあるから、晴れた日には洗濯物や布団を干したりできる。
基本的な家事のうち、自室の掃除や洗濯は自己責任だが、食事は朝と夜は食堂が利用できる。シェフがエージェント・スズキだと聞いたときは桜花と美波を除く全員が渋面したものだが、実際食べてみると意外と評判が良かった。昼の給食もコイツが用意するらしい。案外マメな男である。
明日も更新します。




