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「止まった……。そんな……」
世界を滅ぼそうとする力と、守ろうとする力。二つの力のぶつかりは、一度は拮抗したかに見えた。だがその均衡は、突然崩れ去った。アペイロンの剣先が銃床を砕き、そのまま混沌の額を刺し貫いたのだ。
「やったあっ!」
「まだまだぁっ!」
楓の歓声に応えるように、アペイロンはさらにバーニアを噴射。力技で大剣を柄の部分まで混沌の額に突き刺す。そして剣から手を離し、右の拳を握り込むと、
「これが俺の――俺たちの怒りだぁっ!!」
柄の尻を殴り、大剣を完全に混沌の額に埋め込んだ。
体内に侵入した異物に、混沌が獣のような悲鳴を上げる。大剣を引き抜こうと顔を掻きむしってもがくが、完全に埋まっているのでどうにもならない。
「俺たち全員の属性だ。さぞ沁みるだろうぜ、ざまあみろ!」
虎徹は混沌が苦悶する様子に満足すると、ガス欠みたいにバーニアが咳き込んだ後、噴射が止まって地上に落下した。
「大丈夫!?」
「大丈夫だ、問題ない」
投身同然に着地したアペイロンに、楓が駆け寄る。やがてウィルスに侵されるように、混沌に変化が現れた。
「見て! 混沌の様子が……!」
見ると、のたうち回っていた混沌の姿が、不安定に変動する。典型的な欧米人の顔が、次の瞬間にはモンゴロイドに変わり、かと思えば人ですらなくなったり、顔だけでなく身体まで人の形を維持できなくなっている。
「効いてるんだ。俺たちの属性が」
遂には身体中から数種類の人種の顔を出したり、手足が十本くらい生えたりを経て、混沌は急激に変化を止めた。
「止まった――」
楓が言葉にした瞬間、一瞬で混沌が霧散した。突風で壊れる砂像のように散らばった混沌に、楓が「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げる。
混沌の巨体が崩壊していくのを見ながら、虎徹は「終わったな……」と溜め息のように吐き出した。これで世界は救われたが、失ったものも大きい。
次に虎徹が視線を向けた先には、校舎に開いた大穴があった。それを察し、楓も表情に影を落とす。とても手放しに喜べない空気が二人の間に流れるが、それをぶち破る声が穴の中から起こった。
「虎徹殿ー! 楓殿ー!」
穴から顔を出したのは、蒼雲だった。蒼雲は混沌が消えたのを確認すると、喜び勇んで虎徹たちの下へ駆けて来た。だが美波を追って校舎の中に入ったはずなのに、独りとはどういうことか。
「蒼雲、美波は……? 美波はどうしたの?」
「そ、それが……」
不審に思った楓が問い質すが、蒼雲自身も何が何やら分からずといった顔だ。
「拙者も中をくまなく探したでござるが――」
困惑しながら蒼雲が説明していると、彼女の後から桜花が出てきた。
「桜花?」
「お前……居たのか」
濃いキャラクターのわりに存在感が希薄なのは承知していたが、途中からまったく姿を見ないことに疑問を抱かなかったのは迂闊と言えば迂闊だった。
「馬鹿! どこ行ってたのよ!」
叱責とともに、楓が桜花の肩を突き飛ばす。
「あなたが居たら……、一緒に戦ってくれていれば、美波はあんなことにならなかったかもしれないのに……」
楓の声は、途中から嗚咽で言葉にならなかった。しかしそれは、今さら言っても仕方のないことだし、桜花に責任があることでもなかった。恐らくそれは、楓が一番理解しているだろう。だがそれでも誰かにぶつけないことには、やりきれないに違いない。虎徹も蒼雲も、それが分かっているから何も言えなかった。
「申シ訳アリマセン。デスガ、『美波サンガアンナコトニ』トハドウイウ意味デショウ?」
「どうって、お前そりゃ……」
「ダッテ、彼女ナラ――」
桜花がそう言うと、彼女の頭が背中まで曲がり、胸部がばしゅうっという排気音とともにばっくり開く。
「私ガ無事保護シマシタカラ」
すると中から出てきたのは、眠っているように穏やかな顔で目を閉じた美波の姿だった。
「げっ!? お前……!」
「美波っ!?」
「美波殿!」
虎徹が美波を外に引き抜くと、桜花は再び排気音をさせながら元の姿に変形した。
「大丈夫、気ヲ失ッテイルダケデス。外傷ハアリマセン」
「いや、お前のほうが大丈夫かよって感じなんだが……」
美波を抱きかかえながらツッコミを入れている虎徹を押しのけ、楓が桜花に抱きついた。
「酷いこと言って、ごめんなさい。あたしてっきり……」
「問題アリマセン。一緒ニ戦ッテイナカッタノハ事実デスシ」
「そう言えば、田中殿はどこで何をしていたでござるか?」
「って言うかどうしてこうなった?」
「ソレハ――」と桜花が語るには、属性を剣に付与してもらった後の記憶は、彼女にも曖昧なのだそうだ。恐らく魔王の魔法が彼女の回路に何らかの影響を与えたせいだと思われるが、そのおかげか失った記憶を少し取り戻せたという。
「美波サンヲ危ナイト思ッタ瞬間、私ノ本来ノ能力ガ目覚メタノデス」
美波が混沌の銃床に叩きつけらそうになった瞬間、今まで繋がっていなかった回路が突然機能し、瞬時に彼女を護る防護形態へと変形したのだそうな。
「ああ、超古代文明の守護者ってそういう……」
「チナミニ、装着ニカカル時間ハぜろこんま一みり秒デス」
これまでの話を総合するに、桜花はロボットというよりも、自立型防護服のようなものらしい。ボディアーマーにしては高スペックだが、これも古代の超科学力の賜物なのだろう。たぶん。
「でも良かった……、本当に良かった……」
嬉し涙を流しながら、楓が何度も良かったを繰り返す。その姿に蒼雲がもらい泣きしていると、美波が目を覚ました。
「……ここは?」
「混沌の消えた世界さ」
虎徹は美波をゆっくり下ろして地面に立たせると、混沌が消滅してすっかり晴れ渡った空を見上げながら言った。
「また世界を守っちまったぜ」
◆ ◆
翌日、方舟島には資材や人員を積んだ大量の輸送ヘリや貨物船が押し寄せていた。
あれだけ盛大に破壊されれば当然と言えば当然だが、島の存在理由が無くなってしまったので、復旧させるのかまったく別のものに変えてしまうのかはまだ未定らしい。
なぜ情報があやふやなのかと言うと、責任者が失踪したからだ。
虎徹と楓ほか二年一組一同は、寮を背後に並んで立ち、ぼんやりとヘリや工事車両を眺めていた。
「本当に行っちゃったね……」
「ああ」
隣に立つ楓の言葉に、虎徹は気のない返事をした。彼も、いや、みんな完全に気が抜けていて、ワームホールが完全に消失してもこの場を離れられずにいた。
魔王とスズキは、もう居ない。
正確には、この世界に居ない。二人とも異世界に帰ったのだ。
「本当に行くのか?」
出発前にそう尋ねた虎徹に、スズキは清々しい顔で一言、「ああ」と頷いた。
「色々考えたが、ここまで俺を追って来たあいつの想いに応えてやりたいんだ」
「そうか……」
「それに、あいつはこの世界にゃ住めないが、俺はあっちでも生きていけるからな」
虎徹は無言だった。元より、誰にも止める権利など無いのだ。二人が共に暮らす最善の方法を、スズキは選んだのだろう。ならばなおさら何も言うまい。
虎徹たちの処遇は、後任に引き継いであるとスズキは言った。元の学校に帰りたいのなら、そう言えばすべて手配してくれると。
別に今後の心配はしていないが、自分が異世界に永久移住するというのに、他人のことを気遣う余裕があるスズキに驚いた。大人の凄さを見せつけられ、敵わないなと思った。
「拙者たちは、これからどうなるでござるかな……」
蒼雲が寂しそうに言った。急に現実を突きつけられ、ふわふわとした感傷が途端に薄まる。
「どうなるもこうなるも、今までどおりさ」
特異点としての属性は、混沌と一緒に消滅したのだ。もう世界の拒絶反応による天変地異は起こらない。ならば、皆どこに行こうと何をしようと自由だ。
「それじゃあ――」
このまま誰も動かない雰囲気に、虎徹が口火を切ろうとする。
「それじゃあみんな、お別れね」
だが意外にも、楓が先に切り出した。てっきり連絡先とか交換すると思ったが、それすら無く、軽く手を振ると先に歩き出した。振り向きもしない。
「……では、拙者も御山に帰るでござる」
ここが切り出しどころと、蒼雲も名残惜しいのを振り切るように歩き出す。
「皆の衆、お元気で」
「お前も元気でな」
虎徹の声に、蒼雲は軽く会釈をすると、黒翼を広げて大空に飛び立った。
空に吸い込まれるように、見る見る姿が小さくなっていく蒼雲を見送ると、
「お前らはどうするんだ?」
振り返って美波と桜花に訊ねる。が、すでに二人の姿はこつ然と消えていた。
「あいつら……」
虎徹は頭をかく。ひと言も無しとは冷たい奴らだ、とは思わない。むしろ自分たちが特殊だからこそ、これから再び日常に帰るからこそ、元特異点同士で群れないようにしなければならないのだ。そうでないと、異端を恐れる普通の人たちの恐怖心をいたずらに刺激し、彼らを追い詰める結果になるかもしれないからだ。
楓は、いや、皆はそれを理解しているからこそ、あっさりと去ったのだ。
それぞれの居場所に向けて。
「さあて、俺も帰るか。自分の居場所へ」
虎徹も歩き出す。自分の居場所――柴楽町に帰るために。
どうやって帰るかは、まだ決めていない。 了
「方舟島の特異点たち」は今回で終了です。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
今作の元となっている「アペイロン」シリーズですが、続きは現在鋭意執筆中です。が、発表するのかはまだ未定です。
次は、別の作品でお会いしましょう。
では。




